IdeaLectio

地球のウラ側で

小さな頃から”地球の裏側”とか”地球の反対側”とかという表現が好きで、ブラジルとかアルゼンチンとかチリとか、南米諸国には勝手な憧れがある。

そこには僕たちのクニとは全く違う生態系がひろがっていて、色とりどりのイキモノがそれぞれの暮らしをしていて、人々は陽気でおまけに良質のコーヒー豆なんかも獲れて…とか。

雑誌の挿し絵をパラパラしながらまたボーっとしてたら息子が興奮気味に抱きついてくる。

ヤドクガエルみたいな鮮やかなブルーは彼のお気に入りの色なのだ。

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アトリエ

近所のアトリエに遊びに行ってきた。

ひさしぶりに、紙を机いっぱいに拡げて絵の具を垂らしたりローラーでコロコロしたりテントみたいなものを拵えたりして、身体をつかって遊んだ。

こういう、目的があるようでないような時間って、けっこう贅沢なものだなと思ったりした。

Lectio

明治・大正の洋食の匂い

-煉瓦亭の名物は、いうまでもなくカツレツなのだろうが、私は、この店の〔ハヤシ・ライス〕も好きである。

こってりと煮込んだのではなく、客へ出す間ぎわに、肉と野菜を”さっ”と炒め、ブラウン・ソースと合わせるのではないかとおもう。

むかし、子供のころに〔ハヤシ・ライス〕をはじめて食べたときのうまさは、私の年代の人たちならやいずれもおぼえているにちがいない-

池波正太郎 『散歩のとき何か食べたくなって』

フレンチとかイタリアンとかも勿論好きなんだけれど、”洋食屋さん”という、このわかるようなわからないような名称で括られたジャンルのお店が何より好きで、街で見掛けるとつい入ってしまう。

煉瓦亭はカツレツが名物とはなんとなく聞いてはいたのだけれど、ハヤシの誘惑には抗いがたく、そちらはいずれまたとお預けの状態になっている。

あぁ、でもオムライスとかカツサンドとかカニコロッケなんかも食べてみたい、ああグラタンも…

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アメリカ

僕が初めて”アメリカ”という言葉を聞いたのは合衆国としてのそれではなくて、大陸の名前として、だったと思う。

おかげで今でもあの国には「新大陸」だとか「新世界」だとかっていうイメージを重ねている。

教科書で学んだアメリカという国は、(時には過剰なまでに) 正義感に溢れ、若くて力強い国という印象だったが、近頃は病み、疲れ、国民の関心は自国の内側に向かいつつある。

米国外交の変質を嘆く向きもあるけれど、一人の政治家の登場があの国を変えたわけじゃない。

「指導者は時代がつくる」と僕は思っていて、歴史を振り返ってみても常にそうだったし、これからもそうだと思う。

ケネディの時代には彼を求める国民がいたし、トランプの時代には彼を求める民衆がいる、そういうことなんだろう。

トランプ氏がTwitterを介して世界を動かそうとしているのは、良くも悪くも”民意が世界を動かす”ということを本能的に理解しているからなんじゃないかな。

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空 (そら)

単に「とても高いところ」と「空」と呼ばれるところの境目はどこなんだろう。

むかし、友人と遊んでいるときに誰かが言い出して、風船になにか括り付けて空へ向けて飛ばしてみようということになった。

僕たちはたしか、それぞれ誰かに向けた手紙を書いたんじゃなかったかな。

なにを書いたのだったかは、とうに忘れてしまったけれど

Idea

10 : 00 PM

ある人は昔の仲間と夜の街で騒いでいる。

別のある人はまだオフィスでパソコンに向かって何かを打ち込んでいる。

また別のある人は子どもの寝かしつけに疲れてそのままベッドでぼんやりとしている。

みんな同じ時間を生きているのだ。

Lectio

それが ことによくすみわたつた日であるならば

-そして君のこころが あまりにもつよく

説きがたく 消しがたく かなしさにうづく日なら

君は この阪路 (さかみち) をいつまでものぼりつめて

あの丘よりも もつともつとたかく

皎皎 (こうこう) と のぼつてゆきたいとは おもわないか

八木重吉 『秋の瞳』