LectioStyle

遠い朝の本たち

背表紙のタイトルに惹かれて文庫を手に取ってみると、カバーデザインも僕好みだった。

舟越桂のおもちゃのいいわけ?

中身はまだ読めていない。でもいい予感はある。

Safari

骨が語るもの

学生時代にニューヨークの自然史博物館を訪れて以来、恐竜以外の生物の標本なんかも少しずつ見てまわっている。

骨格標本や化石に個体の記憶や魂が宿っているとは思わないけれど、なんとなくそのフォルムや展示されている姿勢から往時の姿を想像してしまう。

IdeaStyle

遊べるスペース

余計な税金を使わないように小さめの公園がひとつあればいいじゃんとか、あるいは今時はショッピングセンターやアウトレットモールに行くから公園すら要らないじゃんとか。

そういう意見もわかるし、公共建築の何たるかについても良くわかっていないけれど、広々として、それでいて子ども達や彼らを見守る大人たちが来る度にチョット楽しい気分になれるインフラにはやっぱり価値があるんじゃないかと思う。

IdeaMusica

Sentimental #3. JUDY AND MARY

ジュディマリを聴くと、修学旅行で行った京都を思い出す。

クラスの少し進んだヤツがノートパソコンを持ち込んでくれたおかげで、僕たちの修学旅行は途方もなく彩り豊かなものになった。

まだ便利なサイトなんかない時代で、そいつのミュージックライブラリから好きな曲を選曲しては、あーだこーだ言い合うだけではあったけれど。

夜にはお決まりの恋話 (こいばな) になって、誰が誰を好きだとか、お前いま行って告白して来いだとか、今思えば最高にくだらない、それでいて当時最大の関心事で盛り上がる。

だから僕がこの古い都の、町としての本当の魅力を知ったのは、もっとずっと後のことだ。

Idea

Sentimental #2. ゆず

運転手がひとり乗っているだけの”がらん”としたバスが昔から好きで、遅い時間に街を歩いていると、ついついバスを探してしまう。

長いことその理由を考えていて、最近になって、小さな頃に僕たちをマイクロバスで迎えに来てくれた先生の姿を重ねているのだということに気付いた。

仕事で忙しい父は休日も家におらず、僕は毎日通うサッカー教室の先生のことを半分父親のように思っていた。

練習や試合のあとの車内では先生が備え付けのマイクを持って冗談を言い、ときには僕たちを褒め、叱ってくれた。

ある日の帰りの車内で、突然別れを切り出された。

先生はモゴモゴ言っていて最初はよくわからなかったが、僕たちを置いてどこか遠くの小さな島へ引越していくのだということはわかった。

その後のことはうまく思い出せない。

先生との練習の最後の日、いつもの公園でお迎えのバスを待つ間、このままバスが来なければいいのにと思った。

でも、そんなことを願ってもお別れのバスはもうすぐやって来るし、そのバスに最初に乗り込んでいつも通り先生と元気に挨拶を交わすのは、僕の役目なのだ。