IdeaLiving

こども達の見ている世界

自分がまだ小さな子どもだった頃に、何か乗りものを見たり乗ったりして驚いたという記憶はあまりない。

新幹線も割と丸っこいデザインをしていたような気がするし、車だって人を威圧するような大きさではなくて

いかにもお父さんが休日を家族と楽しむための、というような控えめなものが多かったように思う。

近頃の乗りものはスピードもパワーも収容力も格段にアップしていて、今にもロボットに変形したり合体したりしそうな (実際にアニメではそういうシーンも) デザインも見かける。

今を生きている子ども達は今の世界に存在しているモノから刺激を受けて育っていくのだとしたら、これからどんな世界を創っていってくれるのだろう。

GastronomieSafari

お雑煮?

先日食べてアップし忘れていたスープカレー風のお雑煮。

お店の外に提げられたカウンターでフーフー言いながら食べるお餅はまた格別。

もう少し和風の仕上がりにしたものを家で楽しんでみたいななんて思ったりして。

IdeaStyle

レトロカメラ

カメラが欲しい、という息子と電器屋さんへ。

チェキでも買ってあげようかと思ってフラリと寄ってみたはいいけれど、

あれこれ手に取ってみるうちにこちらも欲しくなってきたりして。

GastronomieLiving

手巻きのあとは

手巻きに使ったツナ缶の残りでパスタ。

おせち料理に飽きた頃なので、家でさっと作ったパスタでもやけに美味しい。

いつもより厳しいこの冬の食欲には限りがなく、今度はトマトにアンチョビの効いたピッツァも食べたくなってくる。

Lectio

私の一生はたださがし物をするために生れてきたようなものである。

- これはなんだかバカらしいような、さびしいようなことであるが、

考えて見れば、入学も、就職も、恋愛も、結婚も、世上万般のこと、すべてこれ捜索ではないか。

私のさがし物も、人の世によくあることを、私もまたやっているということにしておこう -

入江 相政 『侍従とパイプ』

LivingStyle

帽子のある生活

いつの頃からか、自分は帽子が似合わない人間なんだと思いながら生活するようになったので

防災的な意味合いのものを除いて、自発的に帽子というものをかぶってみたことがない。

僕以外の家族は割に帽子が似合うタイプで、

日差しが強い暑い日や耳が凍りつくような寒い日には、その日にかぶる帽子を楽しそうに選んでいる。

暖かそうな色付きの帽子をかぶせてもらったお地蔵さんを見かける度になんとなく羨ましいような気になってしまったりして。

Lectio

だが、そもそもアテナイが帝国をめざしたのはなぜだろうか?

- 古代ギリシアは、程度の差はあれ独立した数百もの小さな都市国家によって構成されており、

これらの都市国家は同盟のパターンを万華鏡のように絶えず変化させながらひっきりなしに相争っていた。

「ギリシア」とは文化的かつ言語的な概念であり、国家ではなかったのだ -

ウィリアム・バーンスタイン 『交易の世界史』

Lectio

行交う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように

- デパートメントストアは一つの公園であり民衆の散歩場である。

そうして同時に博物館であり、百科辞典であり、また一種のユニヴァーシティであるのである。

そうしてそれがそうであることによって、それは現代世相の索引でありまた縮図ともなっているのである -

寺田寅彦 / デパートの夏の午後

GastronomieStyle

モンブラン

モンブラン級の大物は甘党とは言えない僕には少し荷が重かったりするけれど

ほんのり苦味の感じられる珈琲に合わせて、となると話は違ってくる。

コロナ禍ですっかり習慣化された自宅でのコーヒーブレイクもそれなりに良いのだけれど

やっぱりお店に入り、コポコポカチャカチャという音が聞こえてくる自分の席で

珈琲を待っているこの時間こそ “至福の時間” なんだよなとあらためて思う。