Gastronomie

時間を買う

息子を習い事に送り届け「また後で」と手を振ったあとは一度家に戻っても良いのだけれど、

1時間にもならない細切れの時間とはいえ、せっかく手に入れた自由時間だからとカフェで一休みすることにする。

飲みものが運ばれてくる間、店内を満たす珈琲の香りを嗅ぎながら、本も読まず、誰とも話さず、ただそこに座っているだけ、という時間は案外なにものにも代え難いものかもしれない、なんてことを考えていた。

考えてみればカフェも、ホテルも、あるいは海辺みたいなところも本来そういう時間を過ごすために存在していて、

おいしいものが食べたい、評判のアレを試してみたい、みたいなことはもっともっと付随的なものなのかもしれない。

でも、ひと息ついて届けられた珈琲とケーキのセットは、やっぱりおいしい。

IdeaStyle

ソフトクリーム

世の中に存在するあらゆる看板や広告の類で最も破壊力があるのはソフトクリームの形をした模型ではないかと思う🍦

今日みたいに良く晴れた青空のもとではコーンの上に乗った純白のアイスが良く映えるし、「ソフトクリーム食べたい!」という子供の呼びかけにも断りきれない自分がいる。

お昼ごはんの前にこんなの食べさせていいのかな、なんてことを考えながら、ひと口もらって食べるとやっぱりおいしい。

ちなみに、2番目に好きなのは床屋のサインポールなんだけど💈。

Lectio

薄明かり

煌々とした明かりの下よりも、さりげなく、優しい明るさの方が本の世界に浸れる気がする。

部屋のなかの陰翳が物語や自分の頭のなかの曖昧さに似ているのかもしれない。

古い時代の本を読むことに長いこと没頭して、いつのまにか喉が渇いていることに気付く。

水をひと口ふくみ、ふと目をあげるとそこにはボンヤリとした明かりが点いている。安心して元の世界に戻る。

Gastronomie

ピッツェリア

イタリアビールを飲みながらコロッケをつつく。

石窯を眺めると、自分たちのためのものと思われるピッツァが焼かれている。

コロナ禍で長いことテイクアウトでしか味わえなかったあの味。

冷めてもおいしいものは焼き立てもとびきりおいしい。

GastronomieLiving

レモンケーキ

普段コーヒーばかり飲んでいるのでたまには紅茶でも、と思ってカフェに立ち寄ると

「レモンケーキ」という文字が目に入り、試しに注文してみる。

ちょっぴり疲れている時でもあったので甘味が欲しかったところへレモンの爽やかな酸味も加わって、ティータイムに理想的な軽食。

ケーキと柑橘というのは何故こんなに合うのだろう。

Lectio

うまく歳をとるというのはむずかしいものだと思います。

- 僕も歳をとるのは初めてのことなので、うまくできるかどうか、実を言うと自信はありません。

「幕引き」というのも、自分で決められることではないような気もします。

でもできるところまでは、自分のペースを確実に保ち続けたい、それが僕の考えていることのすべてです。-

村上春樹 / 雑文集

GastronomieStyle

モーニング

モーニングにこれ以上のものは望めない。

店員さんと交わす朝の挨拶。

ゆで卵とサラダにホットドッグ。温められたカップで出される熱々のコーヒー。

テーブルに置かれた新聞。

満ち足りた顔でお店を後にするおじさん達。

LivingStyle

列車に乗って

乗り鉄でも撮り鉄でもないけれど

時間に余裕のある休みには

電車でいつもより少し遠くまで行って

山の澄んだ空気や優しい川の音をゆっくり味わって帰ってくる。

こういう過ごし方もたまには良いかもしれない。

Lectio

歴史とは現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話

- 私たちは日々の時間を生きながら、自分の身のまわりで起きていることについて、その時々の評価や判断を無意識ながら下しているものです。

また現在の社会状況に対する評価や判断を下す際、これまた無意識に過去の事例からの類推を行ない、

さらに未来を予測するにあたっては、これまた無意識に過去と現在の事例との対比を行なっています。

そのようなときに、類推され想起され対比される歴史的な事例が、若い人々の頭や心にどれだけ豊かに蓄積されファイリングされているかどうかが決定的に大事なことなのだと私は思います。-

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』 加藤陽子

IdeaStyle

目の保養

グリーンが家のなかにあると心が安らぐ。

水やりはこれくらいでいいかなとか、日当たりはこれで足りてるかなとか、考えればキリがないわけだけど、

なんだかスルスルスルと時間がすりぬけていってしまいがちなこの時代に自分以外の誰か何かを気遣う時間があるというだけで

ほんの少し豊かな時間を生きているような感じがする。

それにしても世の中には数えきれない程の生物がいて、お店で購入可能な観葉植物だけでもこれだけこれだけ様々な色形のものがいて、

自分が知っている世界というのは世の中のほんの一部分なんだろうなとあらためて思う。