Lectio

バーバパパは まちをあるきまわったけど、くるまにびくびくしどおしでした。どこにも いくところが ないのです。

– フランソワは バーバパパを みて、 びっくりしたけど、

ふたりは すぐ なかよしに なりました。

でも フランソワの おかあさんは、

「バーバパパは おおきすぎるから うちへおいとくわけには いかないわ。」

と、いうんです。-

アネット・チゾンとタラス・テイラー 『おばけのバーバパパ』

LivingStyle

しまうま

モチモチした赤ん坊を抱えた状態で何か作業をすることが増えたので、あらためて体幹鍛え直したりしている。

それにしても最近の子ども服やらベビー服やらは質感といい、柄といい、なかなか良い。

自分でもこういうフワッとした絵がサラサラと書けたらいいのにな、なんて思ったり。

Lectio

その時私の不安は全く消えました。私は軽快な心をもって陰鬱なロンドンを眺めたのです。

- 何かに打ち当たるまで行くという事は、学問をする人、教育を受ける人が、生涯の仕事としても、あるいは十年二十年の仕事としても、必要じゃないでしょうか。

ああここにおれの進むべき道があった!ようやく掘り当てた!

こういう感投詞を心の底から叫び出される時、あなたがたは始めて心を安んずることが出来るのでしょう -

夏目漱石 『私の個人主義』

Lectio

なもないのばな

- 名前をつけるという行為は愛情と関心と敬意のあらわれであり、

また名前と実体とは切り離すことのむずかしい関係にあって、それが言語の本質のひとつをなしているのは確かですが、

目前の一輪の花の精妙な美しさに驚きと畏敬を感ずるとき、

それに名前をつけるという行為が、どこか自然に対する冒瀆 (ぼうとく) とも思えることが私にはあります -

谷川俊太郎 『ことばめぐり』