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源氏パイの食べ方

お菓子は好きか、と問われたら「いえ、あまり」と答えると思う。

でも、例えば親戚のおじさんの家へ遊びに行ったとして、緑茶が差し出されたとする。夕飯にはまだ早い時間で、少し小腹が空いている。盆の上には源氏パイが山盛り乗せられているとする。

これは食べてしまうだろうな。ハートみたいな形のパイ生地を、手で半分に(縦方向に)割っておく。パリッと袋を割って、4回(2×2)に分けて口に運ぶ。

パイ生地はサクサクしていて、砂糖の甘みもしっかりあるが、ほんの少しだけ”しょっぱさ”も感じる。お茶をごくりと飲む。

多分、もうひとつだけ。と手を伸ばしてしまうだろうな。

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実際には、黄色いキリンはいない

クリエイティブディレクターの水野学氏の著書を読んでいて、「実際には、黄色いキリンはいない」という表現が印象に残った。

センスは知識からはじまる、というタイトルに惹かれて購入した水野氏の本に書いてあったことは、”全くの無から新しいモノは生まれない”という僕の直感を納得させるに足る内容だった。

いつだったか、雑誌か何かでホリエモンが「この頃アウトプット、アウトプット言ってる奴が多いけど、実はインプットが絶対的に不足しているんだよ」というような趣旨の発言をしていて、今回はその時に似た衝撃を覚えた。

”普通”を知ること。モノ本来の姿を知ること。またそれを知ろうという姿勢を持ち続けること。

そのうえで自分なりの物差しを持って世界を眺めてみる。

セカイは驚きに満ちている。

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バスタオルとの向き合い方

就寝前の入浴とは別に、朝起きたら必ずシャワーを浴びる。

どちらも大切なルーティンになっていて、寝る前のバスタイムも、寝惚けた状態で浴びる熱いシャワーも、毎日欠かすことはできない。

では、あなたにとって至福の時間は、と問われたらそのいずれでもなくて、「浴室から出てフワフワのタオルに包まれたとき」と答えるかもしれない。

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翻訳者を選ぶ楽しみ

外国文学や詩には優れた訳者が複数いる。

シェークスピアのハムレットひとつ取っても、小田島雄志訳で読むのか、それとも松岡和子訳で読むのか、はたまた河合祥一郎訳でいくのかで全く違う。

翻訳がなされるその時代その時代で、日本語そのものが変化していくうえに、訳者たち自身の解釈、というものもあるだろう。

また、読み手の心境の変化(加齢によるものがその最たるものだが)によっても、誰の翻訳がピタリと来るか変わってくる。

この世に遅れて生を受けることのメリットは、より多くの翻訳を味わうことができることだ。

さらに言えば、僕たちは幸運にも翻訳家としての村上春樹を楽しむこともできる。

グレート・ギャツビーは野崎孝訳で読んだのが始めだが、村上春樹訳もやはり良い。

クラシック音楽において、指揮者を選ぶ楽しみに似ているかもしれない。やっぱりカラヤンにしようか、それとも、、

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買い溜め、ストックを持つことの効用

良質で保存がきくモノは大量に買ってストックヤードへ運び、一度頭の中から外してしまう。

時間も脳内のキャパも、必要なものに割くことができるようになるのだ。

歯ブラシは無印良品。インナーシャツはUNIQLO(エアリズム)。オリーブオイルはオリーブ園。ひげ剃りはシック(ハイドロ5枚歯)。

次第にモノを選ぶ目が養われる。後悔したくないからだ。販売店やメーカー、素材にも詳しくなってくる。

誰に、どこに、いくらお金を落とすかは我々消費者に与えられる権利なのだ。