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翻訳者を選ぶ楽しみ

外国文学や詩には優れた訳者が複数いる。

シェークスピアのハムレットひとつ取っても、小田島雄志訳で読むのか、それとも松岡和子訳で読むのか、はたまた河合祥一郎訳でいくのかで全く違う。

翻訳がなされるその時代その時代で、日本語そのものが変化していくうえに、訳者たち自身の解釈、というものもあるだろう。

また、読み手の心境の変化(加齢によるものがその最たるものだが)によっても、誰の翻訳がピタリと来るか変わってくる。

この世に遅れて生を受けることのメリットは、より多くの翻訳を味わうことができることだ。

さらに言えば、僕たちは幸運にも翻訳家としての村上春樹を楽しむこともできる。

グレート・ギャツビーは野崎孝訳で読んだのが始めだが、村上春樹訳もやはり良い。

クラシック音楽において、指揮者を選ぶ楽しみに似ているかもしれない。やっぱりカラヤンにしようか、それとも、、

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