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時間はとても安く見積もられている

-さて、ぼくはいま徒歩で出発し、夜になる前に目的地に着く。

君はそのあいだ汽車賃をかせぎ、明日か、ひょっとすると今夜あたりそこへ着く。うまいぐあいに仕事が見つかればの話だけれど-

森の生活 / H.D.ソロー (飯田 実 訳)

『経済』より

セネカも、ソローも、結局は同じことを言っているのだ。人生は、短い。

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人生最良の日は、まっさきに逃げていく

-安らかで静かな心は、自分の人生のすべての部分を訪ね歩くことができる。

これに対して、多忙な人間の心は、まるで”くびき”をかけられたかのように、振り返って背後を見ることができない。そうして、彼らの人生は、深い闇の中に消えていく-

セネカ (中澤 務 ◉ 訳)

『人生の短さについて』より

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下天は夢か

ときどき、司馬遼太郎の『国盗り物語(四)』を読み返してみる。

後世に生きる我々は、天下統一を前にした織田信長が、やがて訪れる破局へ向かって猛烈なスピードで突き進んでいくのを知っている。

有能な外交官として、また将としても傑出した存在となっていた家臣の明智光秀によって、信長は歴史の濁流に飲み込まれ、姿を消す。

2人のターニングポイントについては諸説あって、傘下の諸将の動向を含めて「たられば」の余地が僕たち歴史ファンを惹きつけるわけだが、たとえ本能寺の変が回避されたとしても、結局のところ、信長は道半ばで倒れただろうなとも思う。

「それ」はいつか必ず起きたのだろうな、と。

自分にとって、歴史小説を繰り返し読む理由は何なのだろうか。

人間という生き物の本質を知りたいのか。ある種のカタルシスを味わいたいだけなのか。

津本陽の『下天は夢か』はまだ読めていない。