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令和元年 (レイワ・ワン) の米国と世界、そして日本

-もしこの地球上にアメリカという人工国家がなければ、私たち他の一角にすむ者も息ぐるしいのではないでしょうか。

いまはアメリカで市民権をとることが容易でないにせよ、そのように、文明のみであなたOKですという気楽な大空間がこの世にあると感じるだけで、決してそこへ移住はせぬにせよ、いつでもそこへゆけるという安心感が人類の心のどこかにあるのではないか-

司馬遼太郎 『アメリカ素描』より

令和元年、大相撲夏場所の千秋楽には、アメリカ合衆国大統領の姿があった。

トランプ氏が幕内優勝力士 朝乃山に大統領杯を渡すシーンは、好き嫌いは別として何やらエポックメーキングなシーンだなと感じざるを得なかった。

古来から”祭り”を愛するこの国は、沸いた。

しかし、土俵のうえで機嫌良くお辞儀をしていたこの大柄な男はいま、超大国アメリカの代表者として、国境にはコンクリートの壁を、貿易の相手国に対しては関税という巨大な壁を築こうとしている。

海は難民で溢れ、世界は内向き志向を強めている。

司馬遼太郎が存命であったなら、今の日米関係や国際社会はどのように映るだろうか。

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始めに言葉ありき

- 人の子は、未熟な状態で生まれてくる。

目はよく見えない。手足を動かすこともままならず、歩くことなどももちろんできない。

耳だけが、成熟に達した状態で生まれてくる。

こどもは、聞こえてくることばを、ひとつひとつ拾っていく -

日本語の絶対語感 / 外山 滋比古