Lectio

明治・大正の洋食の匂い

-煉瓦亭の名物は、いうまでもなくカツレツなのだろうが、私は、この店の〔ハヤシ・ライス〕も好きである。

こってりと煮込んだのではなく、客へ出す間ぎわに、肉と野菜を”さっ”と炒め、ブラウン・ソースと合わせるのではないかとおもう。

むかし、子供のころに〔ハヤシ・ライス〕をはじめて食べたときのうまさは、私の年代の人たちならやいずれもおぼえているにちがいない-

池波正太郎 『散歩のとき何か食べたくなって』

フレンチとかイタリアンとかも勿論好きなんだけれど、”洋食屋さん”という、このわかるようなわからないような名称で括られたジャンルのお店が何より好きで、街で見掛けるとつい入ってしまう。

煉瓦亭はカツレツが名物とはなんとなく聞いてはいたのだけれど、ハヤシの誘惑には抗いがたく、そちらはいずれまたとお預けの状態になっている。

あぁ、でもオムライスとかカツサンドとかカニコロッケなんかも食べてみたい、ああグラタンも…

Idea

アメリカ

僕が初めて”アメリカ”という言葉を聞いたのは合衆国としてのそれではなくて、大陸の名前として、だったと思う。

おかげで今でもあの国には「新大陸」だとか「新世界」だとかっていうイメージを重ねている。

教科書で学んだアメリカという国は、(時には過剰なまでに) 正義感に溢れ、若くて力強い国という印象だったが、近頃は病み、疲れ、国民の関心は自国の内側に向かいつつある。

米国外交の変質を嘆く向きもあるけれど、一人の政治家の登場があの国を変えたわけじゃない。

「指導者は時代がつくる」と僕は思っていて、歴史を振り返ってみても常にそうだったし、これからもそうだと思う。

ケネディの時代には彼を求める国民がいたし、トランプの時代には彼を求める民衆がいる、そういうことなんだろう。

トランプ氏がTwitterを介して世界を動かそうとしているのは、良くも悪くも”民意が世界を動かす”ということを本能的に理解しているからなんじゃないかな。

LivingSpiel

空 (そら)

単に「とても高いところ」と「空」と呼ばれるところの境目はどこなんだろう。

むかし、友人と遊んでいるときに誰かが言い出して、風船になにか括り付けて空へ向けて飛ばしてみようということになった。

僕たちはたしか、それぞれ誰かに向けた手紙を書いたんじゃなかったかな。

なにを書いたのだったかは、とうに忘れてしまったけれど

Idea

10 : 00 PM

ある人は昔の仲間と夜の街で騒いでいる。

別のある人はまだオフィスでパソコンに向かって何かを打ち込んでいる。

また別のある人は子どもの寝かしつけに疲れてそのままベッドでぼんやりとしている。

みんな同じ時間を生きているのだ。

Lectio

それが ことによくすみわたつた日であるならば

-そして君のこころが あまりにもつよく

説きがたく 消しがたく かなしさにうづく日なら

君は この阪路 (さかみち) をいつまでものぼりつめて

あの丘よりも もつともつとたかく

皎皎 (こうこう) と のぼつてゆきたいとは おもわないか

八木重吉 『秋の瞳』

Lectio

コノアタリ、故山ニ似タリ。

-なるほど二百年近くも相成り、しかもこの国の厚恩を受けてかように暮らしております上はなんの不足があるはずもございませぬが、ひとの心というものは不思議のものにて候。

故郷のことはうちわすれられず、折りにふれては夢のなかなどにも出 (いで) 、昼間、窯場にいてもふとふるさと床しきように想い出されて、

いまも帰国のこと許し給うほどならば、厚恩を忘れたるにはあらず候えども、帰国致したき心地に候-

司馬遼太郎 『故郷忘じがたく候』

Lectio

がぶがぶ湧いてゐるですからな

-こんなにのんきで苦しくないのは

魂魄なかばからだをはなれたのですかな

たゞどうも血のために

それを云へないがひどいです

あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが

わたくしから見えるのは

やっぱりきれいな青ぞらと

すきとほった風ばかりです-

宮沢賢治 『眼にて云ふ』

最期の瞬間にそういう心持ちになれるかどうか、今の僕にはわからないけれど、そのような自分でいられたらいいなとは思う。

Lectio

西へ行く日の、果(はて)は東か

-ある時サローンにはいったら派手な衣装を着た若い女が向うむきになって、洋琴 (ピアノ) を弾いていた。

そのそばに背の高い立派な男が立って、唱歌を唄っている。その口が大変大きく見えた。

けれども二人は二人以外のことにはまるで頓着していない様子であった。

船に乗っていることさえ忘れているようであった-

夏目漱石 / 夢十夜 『第七夜』

Lectio

コンパスローズ

-地中海では、十三世紀になって航海にコンパスが用いられるようになった。

青い海を渡って都市と都市を行き来する船を、長年にわたって小さなコンパスが導いてきたのだと思うと感慨深い。

私たちの祖先は、地球の内部から発せられる力を頼りに針路を決めてきたのである。

渡り鳥も地球の磁力を感知する。

鳥と人間は別々の進化をたどって、地球からの思いもかけない贈りものに-孤独な旅人を導く見えない力に気づいた。

そんな力があるとは気づかないまま終わることも充分ありえただろうに-

マーク・ヴァンホーナッカー 『グッド・フライト、グッド・ナイト』