Lectio

あるいは病める薔薇 (そうび)

-ああ、こんな晩には、どこでもいい、しっとりとした草ぶきの田舎家 (いなかや) のなかで、

暗い赤いランプの陰で、

手も足も思う存分に延ばして、

前後も忘れる深い眠りにおちいってみたい-

佐藤 春夫 『田園の憂鬱』

Gastronomie

もう一度あのシチューが食べたくて

家にまっすぐ帰るつもりが、

どうしても前に食べたあのシチューが食べたくなって

途中下車する。世の中には

おいしくてご飯に合うシチューと

おいしいけどあまりご飯に合わないシチューがあって

ここのは前者で、とても僕好みなのだ。

IdeaLectio

自分の身体の中がどうなっているのかわからないのと似ています。胃や腎臓のことがわからなくても生活はできる。

-中身がわからなくてもそれなりに使えるようになってきてる。

言わばブラックボックス化が完璧になりつつある-

山本 貴光 『コンピュータのひみつ』

自分のなかでブラックボックス化してしまった部分が拡がっていくにつれて、夏目漱石が “私の個人主義” で書いていたような時代になりつつあるなと感じる。

子どものために “おりがみ” で海老 (難易度高) を折りながらそんなことを思ったりして。