Lectio

こぞの雪いまいずこにありや

-窓から手をさし出してみると、桜の枝は私たちの手にふれた。

太い幹から閑疎な枝を出して、桜の花びらは風の吹き具合によっては教室のなかにもまいこみ、

私たちの机の上やノートの上に遠慮なく散って来たのである-

井伏鱒二 『休憩時間』

そうそう、僕は教室が好きだったんだよな、と時々思い出す。

運動着と教科書とガラクタが詰まったロッカーやいつも埃っぽい床 (でも夏はひんやりとして気持ちがいい) 、訳の分からない文字が彫られた机、意味もなく騒がしいあの教室のことを思い出す。

ある日の午後の授業で、僕は、現国の先生が優しい声で読みあげる美しい日本語の文章を聴きながら、長いこと教室の外を眺めていた。窓の向こうには桜の樹が見えた。

いっそ目を閉じてそのまま眠ってしまいたいような、眠るのがもったいないような、幸せな時間だった。

先生がそのとき読んでくれた作品は、なぜだか思い出せない。僕が日本の古い小説を読むようになったのはあの日からだった。

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