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僕たちはなぜ死ななくてはいけないの?

生まれて一番最初の記憶は、幼なじみの死と結びついている。

記憶のなかの最初の僕は幼なじみとのお別れの会で「お母さん泣かないで」と言っている。

それから月日が経ち、5歳の誕生月のある日、仲良しの同級生と遊んでいるときに、何の前触れもなく涙が出て「いつか終わりが来ること」が怖くなった。

そのとき遊んでいた友だちとはその場で別れた。もう誰とも友だちになんてなりたくないと思った。

父と母に、僕たちはなぜ死ななくてはならないのかと聞いてみたけれど、2人とも首を振るばかりで何も答えてはくれなかった。

年齢を重ねるごとに死への恐怖は薄らいできた。でもまだ答えは見つかっていない。

Lectio

土の中で朽ちる定めをもって

-あわただしい生活の

過ぎこし方と行く手とを恥じ、おそれつつ、

家を建てて、それを飾り、壁を塗り、たんすを満たし、

友達と宴 (うたげ) を祝い、そして

愛らしい花を植える、門の前に。-

ヘルマン・ヘッセ 『新しい家に入るに際し』

GastronomieSafari

竹の子生える

土からボコっと生える竹の子を見つけるとなんだか嬉しい気分になる。

前に住んでいた地域では、春になると、辺りの地主さんみたいな人が竹の子を分けてくれたのを思い出した。

茹でても、焼いても、炊き込みご飯にしてもおいしい。妻が帰ってきたらおねだりしてみようか。

LivingSafari

保養

‪散歩というのは新鮮な空気を吸うためだけではなくて、

目を愉しませる、という意味でも大切な時間だなとあらためて思った。

とくにこんな気持ちのいい春の土曜日には。‬

Lectio

たった一度のやさしい雨が、草の緑色をいっそう深めてくれる

-同様に、よい思想が到来すると、われわれの前途は明るくなる。

もしわれわれが、つねに現在に生き、天から降ってくるわずかな露の感化をもありのままに表白する草のように、わが身に降りかかるあらゆる出来事をうまく活用できるならば、

また、過去の好機を見のがしたことのつぐないに時間を費やして、それを義務の遂行と呼んだりしないならば、

われわれは幸福になれるだろう。

もう春は来ているというのに、われわれは冬をさまよっているのだ-

H.Dソロー / 森の生活 『春』