Lectio

暗がりの中の仄かな光

-谷崎潤一郎は戦前、日本家屋から微妙な陰翳が消えていくことを惜しんで『陰翳礼賛』を書いた。

たしかにわたしたちの祖先は、住まいだけでなく、たそがれ、かわたれどき、萌葱(もえぎ) 、浅黄 (あさぎ) などなど、

多くの言葉が残っていることでも分かるように、日常の中で光や色の微妙な差や変化を感じ、それを大事にしてきた。

しかし、過去に存在した「陰翳」を、貧しさや不自由のあらわれとしか感じなかった大多数の現代の日本人は、むしろ欧米化するつもりでさっさとそれを捨て去り、

明るい照明器具を発明した西洋人の方が、意識的に「陰翳」を日常生活の中に取り込んで「礼賛」しているのはじつに皮肉なことではなかろうか-

高畑勲 『日本の文化とその風景』

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