Lectio

確かじゃない。そのとおりだ。でも、そうなれたらいいだろう

-どこかで夜、花火があげられるときほど美しいものを、ぼくは知らない。

青や緑の光の玉ができて、暗やみにのぼってゆく。

ちょうどいちばん美しくなったとき、小さい弓形を描いて消える。

それをながめていると、喜びを、そして同時にまた、すぐに消えてしまうのだという不安をいだく。

それが結びついているから、花火がもっと長くつづく場合よりずっと美しいのだ。

そうじゃないかい?-

ヘルマン・ヘッセ 『クヌルプ』

小さい頃の僕は、毎年夏の花火を楽しみにしている子どもだった。

ある年の夏祭りの花火は僕にとってこの世にこれ以上美しいものがあるだろうかというくらい綺麗で、

家までの帰り道を誰とも口を聞かず、布団に入っても全然眠れなかったことがある。

その次の年、僕はまた同じ場所へ行って、同じように花火を観たのに、もうそれまでのような感動は失われてしまっていて、花火というよりもなんだか自分自身にがっかりしてしまったのを覚えている。

あれは単に僕にとっての幼年期の終わりみたいなものだったのかもしれないけれど、いつかもう一度だけでも、あの時のような気持ちで花火を眺められたらななんて密かに思っている。

Lectio

だから人と世界とのかかわりは対抗的ではなくして受容的である。

-湿気は最も堪え難く、また防ぎ難いものである。

にもかかわらず、湿気は人間の内に「自然への対抗」を呼びさまさない。

その理由の一つは、陸に住む人間にとって、湿潤が “自然の恵み” を意味するからである。

洋上において堪え難いモンスーンは、実は太陽が海の水を運ぶ車にほかならぬ。

この水のゆえに夏の太陽の真下にある暑い国土は、旺盛なる植物によって覆われる-

和辻哲郎 『モンスーン』