Lectio

ただ波の底から焼火箸のような太陽が出る。

- それが高い帆柱の真上まで来てしばらく挂かっているかと思うと、いつの間にか大きな船を追い越して、先へ行ってしまう。

そうして、しまいには焼火箸のようにじゅっといってまた波の底に沈んで行く。そのたんびに蒼い波が遠くの向うで、蘇枋 (すおう) の色に沸き返る。

すると船は凄じい音をたててその跡を追っかけて行く。けれども決して追っつかない。

ある時自分は、船の男を捕 (つら) まえて聞いてみた。

「この船は西へ行くんですか」

船の男は怪訝な顔をして、しばらく自分を見ていたが、やがて、

「なぜ」と問い返した。

「落ちて行く日を追っかけるようだから」

船の男は呵々(からから)と笑った。そうして向うのほうへ行ってしまった-

夏目漱石 / 夢十夜 『第七夜』