Lectio

最後はラジオで聴き、私はひとり、小林へ拍手を送った。

- 劇場を出て、銀座で肉を買い、帰宅して、ウイスキーをのみながら焼いて食べた。

食後、ひと眠りしてからテレビをつけると阪神・巨人戦で、小林が投げている。

蒸し暑い甲子園球場で、力投をつづける小林投手。

去年の彼には、まだ見られなかった鰭 (ひれ) が、たしかに現在の彼についてきている -

池波正太郎 『炎天好日』

最後に何かに心から拍手をしたのは、いつだったかなと考えてみる。

いま僕たちに必要なのは、夢中になれる何かとか、心を託せる誰かとか、そういうものなんじゃないかなと思ったりした。

Living

ショートカット

「君みたいな綺麗な子は短い髪の方が似合うよ。絶対」

次に会ったとき、彼女は肩上くらいの長さの (彼女にとっての)ショートになっていて、

いつもの7割くらいの笑顔で「どうかな」と聞いてきた。

僕はあっけなく恋に落ちて、その後の人生の半分くらいはその時に決まった。

Lectio

きっと、この夜のことをいつまでも思い出すだろう

- 「この夜」といっても、その日の昼間がごく平凡であったように、なにもとくべつのことがあったわけではない。

それでも、ミモザの匂いを背に洋間の窓から首をつき出して「夜」を見ていた自分が、

これらの言葉に行きあたった瞬間、たえず泡だつように騒々しい日常の自分からすこし離れたところにいるという意識につながって、

そのことが私をこのうえなく幸福にした-

須賀敦子 / 『サフランの歌』のころ

「この瞬間のことをこれから先、何度も思い出すんだろうな」という予感めいたものは子どもの頃からあって、

幼なじみの家でふたりでゲームボーイのテトリスをやりながら遠くに聴いた雷の音とか、

キンモクセイの香りが漂う季節のある日の通学路のことは今でも鮮明に思い出せる。

昨日と今日の境界線が曖昧な日常においても心に残るなにかはあって、未来の自分がそれを必要とするのかもしれない。