
- 「この夜」といっても、その日の昼間がごく平凡であったように、なにもとくべつのことがあったわけではない。
それでも、ミモザの匂いを背に洋間の窓から首をつき出して「夜」を見ていた自分が、
これらの言葉に行きあたった瞬間、たえず泡だつように騒々しい日常の自分からすこし離れたところにいるという意識につながって、
そのことが私をこのうえなく幸福にした-
須賀敦子 / 『サフランの歌』のころ
「この瞬間のことをこれから先、何度も思い出すんだろうな」という予感めいたものは子どもの頃からあって、
幼なじみの家でふたりでゲームボーイのテトリスをやりながら遠くに聴いた雷の音とか、
キンモクセイの香りが漂う季節のある日の通学路のことは今でも鮮明に思い出せる。
昨日と今日の境界線が曖昧な日常においても心に残るなにかはあって、未来の自分がそれを必要とするのかもしれない。