Lectio

「もうこの仕事はやらないんだね」「ええ、今年の夏はね」

- 僕はライトバンから電動芝刈機と芝刈ばさみと ” くまで ” とごみ袋とアイスコーヒーを入れた魔法瓶とトランジスタ・ラジオを出して庭に運んだ。

太陽はどんどん中空に近づき、気温はどんどん上っていた。

僕が道具を運んでいるあいだ、彼女は玄関に靴を十足ばかり並べてぼろきれでほこりを払っていた。靴は全部女もので、小さなサイズと特大のサイズの二種類だった。

「仕事をしているあいだ音楽をかけてかまいませんか」と僕は訊ねてみた。

彼女はかがんだまま僕を見上げた。「いいともさ。あたしも音楽は好きだよ」 -

村上春樹 『午後の最後の芝生』

若い頃に芝刈りのアルバイトをした経験なんてないのだけれど、時折この小品を読み返しながら、学生時代に感じていたある種の心の震えみたいなものを味わっている。

「記憶というのは小説に似ている、あるいは小説というのは記憶に似ている。」

たしかにそうだ。

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