
- アメリカの奥深くわけ入ったところに、ある町があった。生命あるものはみな、自然と一つだった。
町のまわりには、豊かな田畑が碁盤の目のようにひろがり、穀物畑の続くその先は丘がもりあがり、斜面には果樹がしげっていた。
春がくると、緑の野原のかなたに、白い花のかすみがたなびき、秋になれば、カシやカエデやカバが燃えるような紅葉のあなを織りなし、松の緑に映えて目に痛い。
丘の森からキツネの吠え声がきこえ、シカが野原のもやのなかを見えつかくれつ音もなく駆けぬけた。 -
レイチェル・カーソン / 沈黙の春 – 明日のための寓話
単に年齢的なものなのか、コロナ禍を経験した人類の一員としての危機意識がそうさせるのかはわからないけれど
我々がこれから失おうとしているものがどういうものなのか、ということについて時々考えるようになった。
とうの昔に失って、もはや取り戻すことができないものについても。