Lectio

行交う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように

- デパートメントストアは一つの公園であり民衆の散歩場である。

そうして同時に博物館であり、百科辞典であり、また一種のユニヴァーシティであるのである。

そうしてそれがそうであることによって、それは現代世相の索引でありまた縮図ともなっているのである -

寺田寅彦 / デパートの夏の午後

GastronomieStyle

モンブラン

モンブラン級の大物は甘党とは言えない僕には少し荷が重かったりするけれど

ほんのり苦味の感じられる珈琲に合わせて、となると話は違ってくる。

コロナ禍ですっかり習慣化された自宅でのコーヒーブレイクもそれなりに良いのだけれど

やっぱりお店に入り、コポコポカチャカチャという音が聞こえてくる自分の席で

珈琲を待っているこの時間こそ “至福の時間” なんだよなとあらためて思う。

GastronomieLiving

黄味あん

コンビニエンスストアの入口から一番近いところにアイスクリームエリアがあるのでついつい覗いてしまう。

AIがやっているのかお店の人の直感なのかは知らないけれど、ガラスケースの奥には定番の商品とチョット気になる新商品とかバランスよく並べられている。

小腹が空いたとき用に甘辛い煎餅を買いに来たはずなのに、相性抜群の甘味を一緒に買ってしまう秋の午後。

Lectio

きびしい変化の中で育つことが果物をうまくするのと同じように

- だいたい果物は盆地ものがうまいといわれる。朝夕と昼の温度差が大きいほど、果物は糖分を増すものらしい。

温度差が大きいのは、気候としては厳しいのだが、それによって、果物の甘さがつよくなるというのはおもしろい。

甘さをいのちとする果物の産地に内陸、盆地が多いのは偶然ではない。山形は山も多いが盆地も多い。天下に名だたる果物産地である。

きびしい変化の中で育つことが果物をうまくするのと同じように、人間も苦労すればするほど味が出る。昔風の人間はそんなことを考えるのである。-

外山滋比古 『果物』

Lectio

とりわけ、彼らは、音楽の深い理解者であった。

- 病的である、ということが、芸術家の重要な資質である、というふうに感じていたらしい。

「自意識過剰」というような言葉で人をおびやかす友人がいた。

またある友人は「死」ということを「つきつめて」考えている様子であった。

みんな暗い表情をしていた。わたくしは、自分自身、格別の悩みもないことを深く愧じた。

友はみな、優れた芸術家であると思われた -

伊丹十三 『古典音楽コンプレックス』