Lectio

中世という時代

- 中世という時代規定はあいまいだが、私のイメージでは、西洋・日本をとわず、人間が、しばしば激情に身をまかせた時代といったふうな印象がある。

さらには、中世にあっては、モノやコト、あるいは他者についての質量や事情の認識があいまいで、

そこからうまれる物語も、また外界の情景も、多分にオトギバナシのように荒唐無稽だった。

人智が未発達だったということではない。そういう空白のぶんを大小の宗教がうずめていた。-

司馬遼太郎 / ポーツマスにて

そういう空白とか余白みたいなものがどんどん無くなってきた現代の我々は、一体どこへ向かってるんだろう。