Idea

日曜日の教会と

気持ちのいい日曜の朝には、教会を思い出す。

米国人のホストファザー (僕の幼なじみのお父さん) は石油メジャーと呼ばれる某大企業に勤めていて、朝の4時〜5時には家を出てオフィスで働き、昼過ぎにはもう帰ってきて僕たちをフットボールやライブハウスに連れ出してくれた。

日曜日には毎週ミサに行くことになっていて、僕もなんとなく皆に混ざって聖書の一節を読んだり、歌ったりして、それが終わると教会の近くの小さなレストランに寄り、家族みんなで食事をした。

とびきりジューシーな肉と、濃厚なドレッシングのかかったサラダ、片手で持てないくらいのカップに入ったコーラ。

歴史も文化も、働き方も違う異国の地で、僕もこういう風に家族ってのを作ればいいのかななんて思ったのを覚えている。

別にクリスチャンでもない僕は、もう日曜日に教会へ出掛けることもないけれど、あんな風に皆で歌ったりすることはもうないのかなと思うと、ちょっぴり寂しさをおぼえたりもする。

それでやっぱり、コーラが飲みたくなるのだ。

Idea

ともだちの子どもへ

友人宅へ遊びに行く。

小さな子への贈り物を選ぶときはどうしても考え込んでしまう。

でも結局のところ、自分のお気に入りのものを選んだときが一番後悔が少ない。

絵本は僕にとって特別な存在だったから

彼にとっても、いつかそういうモノになってくれるといいんだけど

Gastronomie

朝はホットドッグとともに

こういうヌラッとした謎の液体がたっぷりと差し込まれたドッグも嫌いじゃない。

むかし京都を旅行したときは毎朝違う喫茶店のトーストを食べ歩いていて、早くカウンターで新聞を読むのが似合う年齢になりたいねなんて連れと話したのを覚えている。

まだ、そうは成れていない。

Lectio

お嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。

-私はその人に対して、ほとんど信仰に近い愛をもっていたのです。

私が宗教だけに用いるこの言葉を、若い女に応用するのを見て、あなたは変に思うかも知れませんが、私は今でも固く信じているのです。

本当の愛は宗教心とそう違ったものでないという事を固く信じているのです。

私は他 (ひと) を信じないと心に誓いながら、絶対にお嬢さんを信じていたのですから-

夏目漱石 『こころ』

LectioStyle

天平文化、大陸からの風

NHKの”日曜美術館”は正倉院展特集だった。

番組のなかで宝物のうち、いくつかが取り上げられていたけれど、1,300年前に聖武天皇が履いた靴 (のうのごらいり?) とか螺鈿の箱なんて、今の時代にも全く色褪せない…。

情報過多な現代にあっても美しいと思えるようなこれらの品々は、当時のこの国に生きた人々の目にはどう映ったのだろう。

螺鈿 (らでん) の箱。黒漆に散りばめられているのは夜光貝?

どうにか時間を見つけて上野まで駆け付けて、琵琶と蘭奢待 (らんじゃたい) だけはこの目で見たい。