IdeaLectio

ニューヨーク

学生時代の終わりに、ひとりでニューヨークを訪れた。

お金もろくに持っていなかったから、ユースのドミトリーに荷物を置いて毎日美術館に通い、脚が動かなくなったら外に出てホットドッグで簡単に食事を済ませ、また街を歩いた。

居抜きで入った華やかなショップが営業している古い建物やロングランのミュージカルを覗いたり、道端のぼろぼろのゴミ箱や映画で観たことのある摩天楼を眺めたりしながら、この世界はなんて広くて深いんだろうと思った。

雨に濡れたアスファルトと、傘を差してバスを待つ親子を見ながら、生まれて初めて寂しいと思った。

自分にもこういう感情があるんだということに初めて気付いた。

気に入っていた大きめのフードパーカーは同部屋の若者に譲った。

もうそろそろ外の世界に出てもいい頃なんだろうなと思った。

Lectio

半分のお月さまも黄色いお星さまも眠くなってきました

-白いお星さまも、青いお星さまも、夜になりました。

大人も、子供も、おばあちゃんも、おじいちゃんも、お父さんも、お母さんも、お兄さんも、お姉さんも、赤ちゃんも、

お人形も、いぬも、ねこも、うさぎも、りすも、たぬきも、きつねも、みんな、みんな眠っていました。

「くまちゃんも?ぞうさんも?ペンギンちゃんも?」と娘が訊くので、

「そうだよ、みんな、みんなだよ」と私は答える-

沢木耕太郎 『雪の手ざわり、死者の声』

僕は、彼が娘さんを寝かしつけるときにする変テコな”オハナシ”が好きで、何だか自分の子どもの頃を思い出して温かい気持ちになれるし、父としても参考になる。

Lectio

似合いますか

-文学好きの長女を、自分の思いどおりに育てようとした父と、

どうしても自分の手で、自分なりの道を切りひらきたかった私との、

どちらもが逃れられなかったあの灼けるような確執に、私たちはつらい思いをした。

いま、私は、本を読むということについて、父にながい手紙を書いてみたい。

そして、なによりも、父からの返事が、ほしい-

須賀敦子 『父ゆずり』

Lectio

春は尾長であり、秋から冬にかけては “つぐみ” である

-「道に迷ったのか」とべつのときは云う、「きみはどこへいきたいんだ」

尾長鳥は私を見、左を見、右を見る。少しもおちつかず、ガラス戸を叩いたり、上下左右に警戒の目を怠らない。

私は溜息をつく、道に迷っているのはおれ自身だ、と私は両手で眼を覆いながら思う-

山本周五郎 『わが野鳥たち』

Gastronomie

冬の過ごし方

夏は好きだけど冬は大の苦手で、風の強い日なんかに外出すると、一日憂鬱な気分になってしまう。

大通り沿いに古い喫茶を見つけ、中へ入ってみる。

老夫婦がやっているお店のようだけど、メニューには僕の好物のココアが載っている。

七輪やストーブの上に置かれたヤカンを眺めながらボーッとしていると、

「今からお餅を焼くんだけど、食べていかない?」と声を掛けてくれた。

焼きたての磯部もちを頬ばりながら、冬も悪くないなと思った。