IdeaLiving

こども達の見ている世界

自分がまだ小さな子どもだった頃に、何か乗りものを見たり乗ったりして驚いたという記憶はあまりない。

新幹線も割と丸っこいデザインをしていたような気がするし、車だって人を威圧するような大きさではなくて

いかにもお父さんが休日を家族と楽しむための、というような控えめなものが多かったように思う。

近頃の乗りものはスピードもパワーも収容力も格段にアップしていて、今にもロボットに変形したり合体したりしそうな (実際にアニメではそういうシーンも) デザインも見かける。

今を生きている子ども達は今の世界に存在しているモノから刺激を受けて育っていくのだとしたら、これからどんな世界を創っていってくれるのだろう。

IdeaStyle

レトロカメラ

カメラが欲しい、という息子と電器屋さんへ。

チェキでも買ってあげようかと思ってフラリと寄ってみたはいいけれど、

あれこれ手に取ってみるうちにこちらも欲しくなってきたりして。

IdeaLectio

知識としての歴史はフェイクである。

- なぜかというと、歴史で書いてあること以外にものすごいたくさんのことがある。

すごいたくさんのことがあって、その残りである、その本当の残り物である神殿、いろんな神殿を訪ねておられるわけですが、

その神殿に座っているだけで、もうすごいたくさんのものがくるけれど、それは歴史には全然書いてないのです -

河合隼雄 『読むこと・聴くこと・生きること』

GastronomieIdeaLiving

9 ( NINE )

「最近の日本酒は本当に美味しくなった」と言われる。

実際に酒屋さんを訪れてもキリッとした辛口のお酒ばかりではなくて、華やかな味のものや旨み、甘みを感じられるものも置かれているし、

ボトルデザインもお洒落なものが増えてきて、女性にも日本酒ファンが増えたことは生産者にとっても嬉しいことだろう。

だからといって、父や祖父がその昔ワイワイやりながら呑んでいたお酒がおいしくなかったかと言えば、そうではないんだろうな。

その時代その時代の人々の暮らしに合ったお酒を生産者が作ってきたし、これからもそうなんだろうな。

IdeaLiving

銭湯日和 (せんとうびより)

小さな頃に銭湯に通う習慣があったわけでもないのだけれど

昼でも夜でもなんとなく湯船が空いていそうな時に

ふらっと出掛けていって汗を流し、さっぱりした気持ちで家に帰るのが好きだ。

湯冷めは良くない、と昔から言われているのはよく知っているけれど

湯あがりのコーヒー牛乳かアイスクリームでも食べてひと息ついたら、ぽかぽかしてるうちに街に出て、何も考えずにぶらぶらと散歩したい。

IdeaStyle

つるり

いつの頃からか陶器とか磁器とかのツルンとした感じに惹かれるようになった。

眺めていると、その滑らかな表面に触れてみたいという衝動に駆られる。

そうした欲求の全てが叶えられるものではないということは勿論わかっているけれど、そういう欲が身体のどこからか湧いてくるということ自体、何となく嬉しいような気もしてくる。

IdeaLectio

今から六百万年前、私たちの祖先は木から下りてきた。

- 以来、人類は大半の時間を、あちこち動き回ったり、狩りと採集を行ったり、遊牧民として生活したりしてきた。

村を作って定住するという考えは新たな発明だった。

それを思いついたのは一万三千年前のことであり、それ以降、私たちは放浪生活をやめ、穀物を栽培するようになった。

だから今の私たちが時々、移動不足を幻肢痛のように感じて、遊牧生活に憧れるのも不思議ではない。

遊牧生活の記憶は旅行癖にだけ見られるわけでもない。

私たちは動物の背に乗って移動すると、心が落ち着き安心するのだ-

ペール・アンデション / 「ここではない、どこか」という憧れ

遥かな昔の自分の祖先が遊牧的な民であったかどうかは別として、人類としての共通の記憶みたいなものがあるとすれば

たしかに我々は、気の遠くなるような長い時間をかけて、この広大な世界を他の動物たちと共に彷徨い歩いてきたんだなとあらためて思う。

いつかどこかで野生のウマやゾウに出会うことがあれば、そんなことをまた思い出すかもしれない。

IdeaStyle

襖絵 (ふすまえ)

古い建物を訪れると、日々の過ごし方、暮らし方について先人の知恵を借りることができるような気がしてくる。

クーラーも扇風機もランプも無い時代、人々はその日その日の暑さ寒さや光を感じ、小さな部屋に設られた花や絵を眺めながら季節を味わったのだろうか。

でも考えてみれば、どの時代のどの階層の人たちも本当は目の前のことに精一杯で、

こうしてぼんやりと何かを眺めて暮らすなんてことはできなかったのかもしれない。

なんてことを竹の描かれた襖絵を眺めながら。

IdeaLiving

住まいというもの

コロナ前と後でなにが変わったかというと

「どう暮らすか」ということを日々考えるようになったことかなと思う。

それは「何に価値を見出して暮らすか」ということでもあるけれど、衣食住とはよく言ったもので、普段触れるもの、口にするもの、寝る場所が生活を決めるんだなということがこの一年でよくわかった。

足裏から伝わる床の感触、窓から入ってくる光の加減、風の抜け具合、そういうひとつひとつが長い年月をかけてそこで暮らす人たちを形づくっていくのかもしれない。

なんてことをモデルルームを見学しながら思ったして。

IdeaLectio

一時

スマートフォンで小説や雑誌が読める時代になっても相変わらず文庫本が手放せない。

ベッドや床にゴロンとしながらでも気軽に読めて、

散歩する時にも片手で持ち歩くことができて、珈琲を待つひとときを至福の時間にしてくれる。

古い街には文庫を置いている喫茶店なんかもあって、書棚を眺めながらどことなく僕のラインナップと似ているな、なんて思ってニヤついてしまったりして。