Idea

日曜日の教会と

気持ちのいい日曜の朝には、教会を思い出す。

米国人のホストファザー (僕の幼なじみのお父さん) は石油メジャーと呼ばれる某大企業に勤めていて、朝の4時〜5時には家を出てオフィスで働き、昼過ぎにはもう帰ってきて僕たちをフットボールやライブハウスに連れ出してくれた。

日曜日には毎週ミサに行くことになっていて、僕もなんとなく皆に混ざって聖書の一節を読んだり、歌ったりして、それが終わると教会の近くの小さなレストランに寄り、家族みんなで食事をした。

とびきりジューシーな肉と、濃厚なドレッシングのかかったサラダ、片手で持てないくらいのカップに入ったコーラ。

歴史も文化も、働き方も違う異国の地で、僕もこういう風に家族ってのを作ればいいのかななんて思ったのを覚えている。

別にクリスチャンでもない僕は、もう日曜日に教会へ出掛けることもないけれど、あんな風に皆で歌ったりすることはもうないのかなと思うと、ちょっぴり寂しさをおぼえたりもする。

それでやっぱり、コーラが飲みたくなるのだ。

Idea

ともだちの子どもへ

友人宅へ遊びに行く。

小さな子への贈り物を選ぶときはどうしても考え込んでしまう。

でも結局のところ、自分のお気に入りのものを選んだときが一番後悔が少ない。

絵本は僕にとって特別な存在だったから

彼にとっても、いつかそういうモノになってくれるといいんだけど

IdeaStyle

遊べるスペース

余計な税金を使わないように小さめの公園がひとつあればいいじゃんとか、あるいは今時はショッピングセンターやアウトレットモールに行くから公園すら要らないじゃんとか。

そういう意見もわかるし、公共建築の何たるかについても良くわかっていないけれど、広々として、それでいて子ども達や彼らを見守る大人たちが来る度にチョット楽しい気分になれるインフラにはやっぱり価値があるんじゃないかと思う。

IdeaMusica

Sentimental #3. JUDY AND MARY

ジュディマリを聴くと、修学旅行で行った京都を思い出す。

クラスの少し進んだヤツがノートパソコンを持ち込んでくれたおかげで、僕たちの修学旅行は途方もなく彩り豊かなものになった。

まだ便利なサイトなんかない時代で、そいつのミュージックライブラリから好きな曲を選曲しては、あーだこーだ言い合うだけではあったけれど。

夜にはお決まりの恋話 (こいばな) になって、誰が誰を好きだとか、お前いま行って告白して来いだとか、今思えば最高にくだらない、それでいて当時最大の関心事で盛り上がる。

だから僕がこの古い都の、町としての本当の魅力を知ったのは、もっとずっと後のことだ。

Idea

Sentimental #2. ゆず

運転手がひとり乗っているだけの”がらん”としたバスが昔から好きで、遅い時間に街を歩いていると、ついついバスを探してしまう。

長いことその理由を考えていて、最近になって、小さな頃に僕たちをマイクロバスで迎えに来てくれた先生の姿を重ねているのだということに気付いた。

仕事で忙しい父は休日も家におらず、僕は毎日通うサッカー教室の先生のことを半分父親のように思っていた。

練習や試合のあとの車内では先生が備え付けのマイクを持って冗談を言い、ときには僕たちを褒め、叱ってくれた。

ある日の帰りの車内で、突然別れを切り出された。

先生はモゴモゴ言っていて最初はよくわからなかったが、僕たちを置いてどこか遠くの小さな島へ引越していくのだということはわかった。

その後のことはうまく思い出せない。

先生との練習の最後の日、いつもの公園でお迎えのバスを待つ間、このままバスが来なければいいのにと思った。

でも、そんなことを願ってもお別れのバスはもうすぐやって来るし、そのバスに最初に乗り込んでいつも通り先生と元気に挨拶を交わすのは、僕の役目なのだ。