Lectio

「わたしはどこへ向かっているのか」

- たったの10歳だったけれど、どこへでも行きたいところへ行く力を手に入れたのだ。

指導者に指示された場所ではなく、親から言われたところではなく、わたし自身が行きたいと思う場所へ -

トリスタン・グーリー / プロローグ – ふたつの旅

自分の意思と力だけで『自分の住む街』を抜け出したのは、アレはいつのことだったかなと、懐かしく思い出した。

Lectio

堤防に立って川の流れを眺めながら、わたしが理解したのはこういうことだ。

- つまり、あらゆる危険をさしひいても、

いつだって、動いているなにかは、止まっているなにかよりもすばらしい。

変化は恒常よりも高潔だ。

動かずにいれば、崩れること、退歩すること、塵となることを避けられない -

オルガ・トカルチュク / 頭のなかの世界

Lectio

自由のない秩序は、つかのま隆盛になって、しばらくつづいたとしても、やがてそれと均衡するものを生み出す。

- 秩序は育てられるものでなければならない。押しつけることはできない。

瞬時のコミュニケーションと革命的な政治流動の時代では、ことにそれが欠かせない。

世界秩序のいかなるシステムも、持続可能であるには、公正であるとして – 指導者ばかりではなく市民にも – 受け入れられなければならない。-

ヘンリー・キッシンジャー / WORLD ORDER (世界秩序)

Lectio

本ばっかり読んでいる子というのは、ある種のさびしさがあるからですよ。

- 本には効き目なんかないんです。

振り返ってみたら効き目があったということにすぎない。

あのときあの本が、自分にとってはああいう意味があったとか、こういう意味があったとか、何十年も経ってから気がつくんですよ -

宮崎駿 『本へのとびら』

Lectio

新幹線で広島につくと、空はいよいよ青かった。駅前に出て、タクシーをひろった。

- 安芸・備後はひろい。

私は三泊四日の予定をたて、小さな町を二カ所だけ選ぼうと思い、地図でさがしてみた -

司馬遼太郎 / 街道をゆく 備後の道

地図を見てその世界を想像する。タクシーの運転手さんとその土地の歴史や「今」について話をする。そして、自分の足で歩く。

いつか自分も、そういう旅の仕方をしてみたいなと思ったりして。

Lectio

「ねえ、ぼくは? ぼくは、どこを かけばいいの?」

-「くろくんは、まにあってるよ。」

「きれいに かいたえを くろくされたら、たまらないよ……」

みんなは、くろくんを なかまに いれてくれません-

なかや みわ 『くれよんの くろくん』

思い返してみれば、子供の頃はクレヨンの「黒」はあんまり使わなかったかもしれない。そういえば、色鉛筆の「白」も。

オトナになって子どもと絵を描くようになってはじめて、色の多様さ、ありがたさに気づいたような気もする。それはクレヨンや色鉛筆に限らないか。

IdeaLectio

寄り道

コロナによって「●●帰り」みたいなものが軒並み無くなってしまったけれど、

何かのついでにフラッと美術館に立ち寄れるくらいには安全な世界を取り戻したい。

美術館に限らず、寄り道ほど日常をワクワクさせてくれるものはない。

Lectio

新しい時代の尺度のこと

- ニューヨークは、新しい時代のしるしのもとにある、垂直の都市である。

それは一つの破局であるが、美しい堂々たる破局であり、あまりに性急な運命によって信念と勇気ある人々に下された破局である。

決して破綻したのではない、なぜならニューヨークは、苦境にありながら勇みたっている -

ル・コルビュジエ / ニューヨーク, 垂直の都市