Lectio

プランクトン

昔から『プランクトン』という生き物のような、そうじゃないような、不思議な響きの言葉に惹かれていて

用事があって訪れた図書館で偶然見つけた図鑑ではこんな素敵な曼荼羅 (マンダラ) と出会ってしまった。

海のなかの世界は大きく、そして深い。

Lectio

ある作品にとりくむのが100度目になっても、なおそれは私にとって新しい経験となる。

- 芸術家は、聴衆に向かいあうときの自分の役割の大きさを重荷に感じ、傷つきやすくなっている。

この職業で成功したり、ある程度有名になったからといって、探究すべきことはもうないなどと思ってしまうようなら、それは誤りである。

人はすべてをコントロールしきれるものではなく、そのことはステージの上でも同様だ -

ジャン・ファシナ 『若いピアニストへの手紙』

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人生は戦いなり

ちょっと調べものがあり、図書館へ。

途中、クリムトの画集が目に入ったので手に取る。こんな絵も描いていたのだっけ、とパラパラ、パラパラ。

お、ゴーギャンの画集もあるじゃないか、パラパラ。

待て待てあちらにはアンリ・ルソーの画集…。

図書館でのセレンディピティは人生の愉しみのひとつとあらためて感心しつつ、

司書の方々の感染対策の負担を増やさないよう、貸出処理を済ませて足早に去る。

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餅いろいろ

小さい頃は、お正月から春先くらいまでは毎日でもいいよってくらいお雑煮が好きで

実際、母に汁を沢山つくってもらっておいて、お腹が空くと焼いた餅を2つ3つ放り込んでモグモグズルズルと食べていた。

もちろんオーソドックスな磯辺焼きも好きだし、甘ーいお汁粉や、おろしでさっぱり食べるのも好きだけど、

ここ数年はきな粉もちにハマっている。

きな粉と砂糖の比率をどうするか、という加減が案外難しく、そして面白い。

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私の感情はいつも間に合わない。

- 父の死という事件と、悲しみという感情とが、別々の、孤立した、お互いに結びつかず犯し合わぬもののように思われる。

一寸した時間のずれ、一寸した遅れが、いつも私の感情と事件とをばらばらな、おそらくそれが本質的なばらばらな状態に引き戻してしまう。

私の悲しみといものがあったら、それはおそらく、何の事件にも動機にもかかわりなく、突発的に、理由もなく私を襲うであろう。-

三島由紀夫 『金閣寺』

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表情

動物のちょっとした表情が好きなのだけど

猫のものが一番グッとくる。

こちらが想像してるのとは全然違う感じ方をしてるのかもしれないけれど。

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日が沈む。

- 一日の労苦に疲れた憐れな魂の裡に、大きな平和が作られる。

そして今それらの思想は、黄昏時の、さだかならぬ仄かな色に染めなおされる。-

ボードレール 『黄昏』