Lectio

古い小さいベコニアはそれでも捨てるのは惜しかった。

- 自分は時々頭をねじ向けて洗面台の上に眼をやって、花も葉も日々に色の褪せていく哀れな鉢を見ないではいられなかった。

(中略)

三週間あまり入院している間に自分の周囲にも内部にもいろいろの出来事が起った。

いろいろの書物を読んでいろいろの事も考えた。いろいろの人が来ていろいろの光や影を自分の心の奥に投げ入れた。

しかしそれについては別に何事も書き残しておくまいと思う。

今こうしてただ病室を賑わしてくれた花の事だけを書いてみると入院中の自分の生活のあらゆるものがこれで尽されたような気がする。

人が見たらなんでもないこの貧しい記録も自分にとってはあらゆる忘れがたい貴重な経験の総目次になるように思われる-

寺田寅彦 『病室の花』

Lectio

Naokos Lächeln / Haruki Murakami

” Bemitleide dich nie selbst. Selbstmitleid ist etwas für Versager. “

『ノルウェイの森』は好き過ぎて、外国で出版されたバージョンも時々読み返す。

ドイツ版はビリヤードのシーンが表紙になっているあたり「さすが、よくわかってるな」とか思いながら、独りでニヤニヤしている。

LectioSpiel

遊ぶ

そう、「遊ぶ」っていうのは何もスポーツとかゲームとか、そういうものだけじゃないんだよなとあらためて思う。

Lectio

花より雨に

枇杷 (びわ) の実は熟しきって地に落ちて腐った。

厠に行く縁先に南天の木がある。

その花はいかなる暗い雨の日にも雪のように白く咲いて、房のように下っている。

自分は幼少い時、この花の散りつくすまで雨は決して晴れないと語った乳母の詞 (ことば) を思い出した-

永井荷風 『花より雨に』

Lectio

空は日毎に青く澄んで

何処 (いずこ) を見ても若葉の緑は洪水のように漲り溢れて、

日の光に照されるその色の強さは、閉めた座敷の障子にまで反映するほどなので、

午後の縁先なぞに向かい合って話をする若い女の白い顔をば、色電気の中に舞う舞姫 (バレエ) のように染め出す。

どんより曇った日には緑の色は却って鮮やかに澄渡って、沈思につかれた人の神経には、軟い木の葉の緑の色からは一種云いがたい優しい音響が発するような心持をさせる事さえあった-

永井荷風 『花より雨に』

Lectio

家の近所にお城跡がありまして峻の散歩にはちょうど良いと思います

- ほんの些細なことがその日の幸福を左右する。-迷信に近いほどそんなことが思われた。

そして旱 (ひでり) の多かった夏にも雨が一度来、二度来、それがあがるたびごとに稍々 (やや) 秋めいたものが肌に触れるように気候もなってきた。

そうした心の静けさとかすかな秋の先駆は、彼を部屋の中の書物や妄想にひきとめてはおかなかった。

草や虫や風景を眼の前へ据えて、ひそかにおさえてきた心を燃えさせる、-ただそのことだけがしがいのあることのように峻には思えた-

梶井基次郎 『城のある町にて』

いつの頃からか、” 城跡 ” を好きになった。

もっと若い頃、そこには観るべきものはないように思われたけれども、そうではないと後でわかった。