Lectio

そろそろアカーシュの寝る時間だから

- ほっそりとした光がドアの下に洩れて、父の声が『みどりの卵とハム』を読んでいた。二人でベッドに入っているのだろう。

枕をならべて、真ん中に本があって、父が読む本のページをアカーシュがめくる。

ルーマはほとんど暗記してしまった本だが、父は初めて遭遇したに違いない。

たどたどしくて、文と文のつなぎ目で考えるような間ができる。ふだんの父らしからぬ芝居っ気を込めようとしていた -

ジュンパ・ラヒリ 『見知らぬ場所』

LectioLiving

フィールドブック

水遊び用にバスクショーツを買いに寄ったついでに冊子を。

自然のなかに身を置いたときに流れるあのゆったりとした時間、その豊かさに最近になって気付いた。

Lectio

空にはもう最初の星々がかがやきはじめ、銀色の大きな月が、くろぐろとした松林の上にのぼってくるところでした。

「ねえ、お話をして。」モモがそっとたのみました。

「いいよ。だれの話にしようか?」

「モモとジロラモのお話がいちばんいい。」

ジジはしばらく考えてから、ききました。

「どういう題がいいかな?」

「そうね - 魔法の鏡っていうのは?」

ミヒャエル・エンデ 『モモ』

Lectio

あらゆる点で、また万事につけて、人のまず享受するところのものは、自己自身である。

- 肉体的享楽でさえそのとおりであるが、まして精神的享楽はなおさらである。

この意味から英語で「楽しむ」ことを「自分を楽しむ」〔 to enjoy one’s self 〕と言うのはきわめて適切な表現だ。

たとえば he enjoys himself at Paris.「彼はパリで “自分” を楽しむ」と言い、「彼はパリを楽しむ」とは言わない -

ショーペンハウアー 『人のあり方について』

Lectio

きみに みえるように

- きょうは、なぜだか ねむれない

いつもは ゆめをみている じかん、

みたことのない 夜空をみていた。

そして、みつけた。

とても きれいで 青い星 -

青野 広夢 『きみにみえるように』

Lectio

子どもたちが本に夢中のときって、とんでもない格好をしていますね。

- 子どものころって、本を読むのは、どこでも読み、あそこでも読み、ここでも読みするでしょう。

勉強部屋の隅で読み、畳の部屋でも読み、あっち向いても読み、こっち向いても読み、

それから早く寝ろと言われながら、寝床の中で隠れて読み続ける -

宮崎 駿 『僕が本に出逢ったころ』

そしていつまで読んでも疲れもせず、飽きもせず、だったなと思う。

Lectio

おそらく、星は心を寄せるにはあまりに遠く頼りなく、小さ過ぎたのかもしれない。

- 天国とはちがい、極楽や彼岸は海や川の彼方にあるので、

わたしたちの祖先は、空を仰ぎ見て、天にまします神に救いを求めたり、

『ピノキオ』みたいに「星に願いを」こめたりしなかったためではないだろうか -

高畑 勲 『闇と光』

LectioStyle

LEGO

あー、どんなアイデアが詰まってるのか気になる。

LEGOはデュプロ (小さい子向けの大きいサイズのやつ) しか持ってないのに読みたくなっちゃう。

Lectio

人間のふるさとはどこにもなく、世界のどこにでもあるかのようだ。

- 親のない子の私をいたわってくれた「ふるさと」はなつかしいが、

しかし無頼浮浪の私は旅のところどころにも「ふるさと」を感じる。

たとえばデンマアク、パリにも、フランスにも、ロンドンにも、ロオマにも、

アメリカのニュウ・ヨオクの郊外にも、ブラジルにも、

ふるさとに近い親しみとなつかしさがある -

川端康成 『私のふるさと』