Lectio

私の一生はたださがし物をするために生れてきたようなものである。

- これはなんだかバカらしいような、さびしいようなことであるが、

考えて見れば、入学も、就職も、恋愛も、結婚も、世上万般のこと、すべてこれ捜索ではないか。

私のさがし物も、人の世によくあることを、私もまたやっているということにしておこう -

入江 相政 『侍従とパイプ』

Lectio

だが、そもそもアテナイが帝国をめざしたのはなぜだろうか?

- 古代ギリシアは、程度の差はあれ独立した数百もの小さな都市国家によって構成されており、

これらの都市国家は同盟のパターンを万華鏡のように絶えず変化させながらひっきりなしに相争っていた。

「ギリシア」とは文化的かつ言語的な概念であり、国家ではなかったのだ -

ウィリアム・バーンスタイン 『交易の世界史』

Lectio

行交う人々が鹿のように鳥のようにまたニンフのように

- デパートメントストアは一つの公園であり民衆の散歩場である。

そうして同時に博物館であり、百科辞典であり、また一種のユニヴァーシティであるのである。

そうしてそれがそうであることによって、それは現代世相の索引でありまた縮図ともなっているのである -

寺田寅彦 / デパートの夏の午後

Lectio

きびしい変化の中で育つことが果物をうまくするのと同じように

- だいたい果物は盆地ものがうまいといわれる。朝夕と昼の温度差が大きいほど、果物は糖分を増すものらしい。

温度差が大きいのは、気候としては厳しいのだが、それによって、果物の甘さがつよくなるというのはおもしろい。

甘さをいのちとする果物の産地に内陸、盆地が多いのは偶然ではない。山形は山も多いが盆地も多い。天下に名だたる果物産地である。

きびしい変化の中で育つことが果物をうまくするのと同じように、人間も苦労すればするほど味が出る。昔風の人間はそんなことを考えるのである。-

外山滋比古 『果物』

Lectio

とりわけ、彼らは、音楽の深い理解者であった。

- 病的である、ということが、芸術家の重要な資質である、というふうに感じていたらしい。

「自意識過剰」というような言葉で人をおびやかす友人がいた。

またある友人は「死」ということを「つきつめて」考えている様子であった。

みんな暗い表情をしていた。わたくしは、自分自身、格別の悩みもないことを深く愧じた。

友はみな、優れた芸術家であると思われた -

伊丹十三 『古典音楽コンプレックス』

IdeaLectio

知識としての歴史はフェイクである。

- なぜかというと、歴史で書いてあること以外にものすごいたくさんのことがある。

すごいたくさんのことがあって、その残りである、その本当の残り物である神殿、いろんな神殿を訪ねておられるわけですが、

その神殿に座っているだけで、もうすごいたくさんのものがくるけれど、それは歴史には全然書いてないのです -

河合隼雄 『読むこと・聴くこと・生きること』

Lectio

人間という痛ましくもあり、しばしば滑稽で、まれに荘厳でもある自分自身を見つけるには、書斎での思案だけではどうにもならない。

- 人間は、古代から「暮らし」のなかにいる。

森青蛙が樹上に白い泡状の卵塊をつくるように、シベリアのエヴェンキというアルタイ語族の一派が、河畔で白樺の樹の家をつくり、鮭をとり、鮭を食べ、鮭の皮の靴をはくように、

私どもはあたえられた自然条件のなかで暮らしの文化をつくり、踏襲し、ときに歴史的条件によって変化させてきた。

人間という痛ましくもあり、しばしば滑稽で、まれに荘厳でもある自分自身を見つけるには、書斎での思案だけではどうにもならない。

地域によって時代によってさまざまな変容を遂げている自分自身に出逢うには、そこにかつて居た-あるいは現在もいる-山川草木のなかに分け入って、ともかくも立って見ねばならない。-

司馬遼太郎 / 私にとっての旅

IdeaLectio

今から六百万年前、私たちの祖先は木から下りてきた。

- 以来、人類は大半の時間を、あちこち動き回ったり、狩りと採集を行ったり、遊牧民として生活したりしてきた。

村を作って定住するという考えは新たな発明だった。

それを思いついたのは一万三千年前のことであり、それ以降、私たちは放浪生活をやめ、穀物を栽培するようになった。

だから今の私たちが時々、移動不足を幻肢痛のように感じて、遊牧生活に憧れるのも不思議ではない。

遊牧生活の記憶は旅行癖にだけ見られるわけでもない。

私たちは動物の背に乗って移動すると、心が落ち着き安心するのだ-

ペール・アンデション / 「ここではない、どこか」という憧れ

遥かな昔の自分の祖先が遊牧的な民であったかどうかは別として、人類としての共通の記憶みたいなものがあるとすれば

たしかに我々は、気の遠くなるような長い時間をかけて、この広大な世界を他の動物たちと共に彷徨い歩いてきたんだなとあらためて思う。

いつかどこかで野生のウマやゾウに出会うことがあれば、そんなことをまた思い出すかもしれない。

Lectio

むかしむかし

- アメリカの奥深くわけ入ったところに、ある町があった。生命あるものはみな、自然と一つだった。

町のまわりには、豊かな田畑が碁盤の目のようにひろがり、穀物畑の続くその先は丘がもりあがり、斜面には果樹がしげっていた。

春がくると、緑の野原のかなたに、白い花のかすみがたなびき、秋になれば、カシやカエデやカバが燃えるような紅葉のあなを織りなし、松の緑に映えて目に痛い。

丘の森からキツネの吠え声がきこえ、シカが野原のもやのなかを見えつかくれつ音もなく駆けぬけた。 -

レイチェル・カーソン / 沈黙の春 – 明日のための寓話

単に年齢的なものなのか、コロナ禍を経験した人類の一員としての危機意識がそうさせるのかはわからないけれど

我々がこれから失おうとしているものがどういうものなのか、ということについて時々考えるようになった。

とうの昔に失って、もはや取り戻すことができないものについても。