Lectio

ねえ、今日の一時間目は、図書室にしよう

- これは、君達の図書室だよ。ここにある本は、誰でも、どれでも読んでいい。

『何年生だから、どの本』とか、そういう事は考えることはないし、いつでも、好きなときに、図書室に入ってかまわない。

借りたい本があったら、家に持って帰って読んでいい。そのかわり、読んだら、返しとけよ。

家にあるので、みんなに読ませたい本があったら持って来てくれるのも、先生は、うれしいよ。

とにかく、本をたくさん、読んでください -

黒柳徹子 『窓ぎわのトットちゃん』

子ども達と図書館へ行くと、このくらいの年頃だとコレみたいな固定観念から

つい「今読むべき本」みたいなものを薦めたくなってしまうけれど、

当の本人たちが欲してるものは全然そんなものじゃなくて、僕なんかが選ぶよりもよっぽど面白そうな本を自分で見つけてくる。

そういう意味でも「図書館」という子ども達にとっての世界の入口は、未来のこの国にもちゃんと在って欲しいなと心から思う。

Lectio

わたしが音楽から聴きとったのは

- そのころはまだ、イタリア語で歌われている歌詞の意味が分からなかったため、

カルーゾが復讐に燃えているのか、新大陸の発見に歓喜しているのか、皆目見当がつきませんでした。

でも、そんなことは少しも気にならなかったのです。

カルーゾの声そのものが心に深く染み通るものでしたので、歌詞を頼りに音楽を楽しむという気になれなかったからです。

わたしが音楽から聴きとったのは、演奏者の魂が自分の魂に直接呼びかける声だったのです -

ドナルド・キーン / オペラとの出会い

IdeaLectio

一時

スマートフォンで小説や雑誌が読める時代になっても相変わらず文庫本が手放せない。

ベッドや床にゴロンとしながらでも気軽に読めて、

散歩する時にも片手で持ち歩くことができて、珈琲を待つひとときを至福の時間にしてくれる。

古い街には文庫を置いている喫茶店なんかもあって、書棚を眺めながらどことなく僕のラインナップと似ているな、なんて思ってニヤついてしまったりして。

Lectio

しかし、目にはしていながら、本当には見ていないことも多いのです。

- 見すごしていた美しさに目をひらくひとつの方法は、自分自身に問いかけてみることです。

「もしこれが、いままでに一度も見たことがなかったものだとしたら?

もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」と -

レイチェル・カーソン 「センス・オブ・ワンダー』

Lectio

私には故郷 (ふるさと) がそれほど懐かしかったからです。

- あなたにも覚えがあるでしょう、生れた所は空気の色が違います、

土地の匂いも格別です、父や母の記憶も濃 (こまや) かに漂っています。

一年のうちで、七、八の二月 (ふたつき) をその中に包まれて、穴に入った蛇のように凝としているのは、

私に取って何よりも温かい好い心持だったのです -

夏目漱石 『こころ』

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私が不思議に思ったのは、この土地の人はこの綺麗な川に、なぜ鮎を放流しないのだろうということであった。

- 井荻村 (杉並区清水) へ引越して来た当時、川南の善福寺川は綺麗に澄んだ流れであった。

清冽な感じであった。知らない者は川の水を飲むかもしれなかった。

川堤は平らで田圃のなかに続く平凡な草堤だが、いつもの水量が川幅いっぱいで、

昆布のように長っぽそい水草が流れにそよぎ、金魚藻に似た藻草や、河骨 (こうほね) のような丸葉の水草なども生えていた -

井伏鱒二 『善福寺川』

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日本の春は太平洋から来る。

- 庭の日かげはまだ霜柱に閉じられて、

隣の栗の樹の梢 (こずえ) には灰色の寒い風が揺れているのに

南の沖のかなたからはもう桃色の雲がこっそり頭を出してのぞいているのであった -

寺田寅彦 『春六題』

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人間の不安は科学の発展から来る。

- 進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まることを許してくれた事がない。

徒歩から車、車から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、どこまで行っても休ませてくれない。

” どこまで伴 (つ) れて行かれるか ” 分らない。実に恐ろしい -

夏目漱石 『行人』

Lectio

私はロウソクを消した。

- 開いた窓から夜が流れこんで来て、

柔らかく私を抱き、私を友だちにし、兄弟にする。

私たちは共に同じ郷愁に病んでいる。

私たちはほのかな思いに満ちた夢を送り出し、

ささやきながら、私たちの父の家で暮した

昔を語り合う。-

ヘルマン・ヘッセ 『夜』