Lectio

これから本郷の方を散歩して帰ろうと思うが、君どうです、一緒に歩きませんか

「近ごろの学問は非常な勢いで動いているので、少しゆだんすると、すぐ取り残されてしまう。

人が見ると穴倉の中で冗談をしているようだが、これでもやっている当人の頭の中は劇烈に働いているんですよ。

電車よりよっぽど激しく働いているかもしれない。

だから夏でも旅行をするのが惜しくってね」

夏目漱石 『三四郎』

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すると海はゆうゆうと見ながら、語らず、否、とほほえむ。どこからもあいさつも答えもやってこない。

- 夜、海が私をゆすり、

色あせた星の輝きが、

広い波の上にうつる時、

私は自分をすっかり、

一切の行いと愛とから引離し、

じっとたたずんで、ただひとり

ひとりぼっち海にゆられて僅かに呼吸する -

ヘルマン・ヘッセ / 『アジアの旅から 』 一、夜沖あいで -マレー群島-

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水のようにぬるい温泉へ入り、二人して四時間も将棋をさした。

- 翌朝は軽井沢へ出て、貸し馬に乗って遊んだりしたのだが、

そのころは現代の軽井沢の夏の殷賑さはなく、いかにも物しずかな山の避暑地で、

小道の中の深い木立から洩れる陽光を受け、外国の金髪の少女がハンモックで昼寝したりしていた -

池波正太郎 『万平ホテル』

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一軒の家を維持していくためには、じつにいろんな仕事が必要になりますね。

- トタン屋根の面白いところはね、雨音を感じられたり、どんぐりが落ちるとコロコロッと転がっていく音を楽しむことができるんですよ。

来客中、偶然、どんぐりが落ちて「この音、何ですか?」ってびっくりして聞いてくるから、愉快でね -

つばた英子・つばたしゅういち 『ときをためるくらし』

トタン屋根も良いものだな、と思ったり。

Lectio

でも、ぼくにはわからない。この世の中って、せっかく本気で何かをはじめても結局、何もあとには残らないみたいだ。

「障害の飛越が危険になるのは、そのときのスピードしだいなんだ、ジョー。

ここじゃたいしたスピードは出ないし、障害だってそう性 (たち) の悪いほうじゃないからな。

厄介な問題が起こるのは、たいていスピードのせいなのさ、障害のせいじゃなくて」

アーネスト・ヘミングウェイ 『ぼくの父』

Lectio

だからいまいるアイヌよ、親を大事にしなさい。

「親を大事にしなかった罰として、鳥にしてやる。

この鳥は、食うことのできるのは虫だけ、そして出せる声は、親に音だけを聞かせて食べさせなかった、チタタプを作る音、ロロロッだ。

昼のあいだは、親不孝の恥ずかしさで飛ぶことができないだろう」

萱野 茂 『夜鷹にされた兄弟』

Lectio

島の規則

- だから大陸ではとんでもない思想が生まれ、また、それらに負けない強靭な大思想が育っていく。

獰猛な捕食者に比せられるさまざまな思想と戦い、鍛えぬかれた大思想を大陸の人々は生み出してきたのである。

これは偉大なこととして畏敬したい。

しかし、これらの大思想はゾウのようなものではないか?

これらの思想は、人間が取り組んで幸福に感ずる思考の範囲をはるかに超えて、巨大なサイズになってしまっているのかもしれない。

動物に無理のないサイズがあるように、思想にも人類に似合いのサイズがあるのではないのか? -

本川 達雄 『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』

Lectio

私はもちろん、四周に庭を配したこの方丈が好きである。

- 自然のなかに、あるいは自然を模した人工である庭のなかに、こうした抽象的な構成が入り込んでくると、

私たちの眼は、奇妙な反転と眩暈のような心地良い感覚を、覚えずにはいられないのではなかろうか。

私たちはたえず物質を人生によって濾過して見ながら、その見えない隙間に抽象を感じ取っているだけなのだ-

新見 隆 / 庭の幻想 -立原正秋の東福寺

僕たちは物質そのものを得ると同時に何か (抽象) を感じ取っている。

人生がひとつの濾過装置だとしたら、旅こそが最も多くのものを得る機会になるのかもしれない。

GastronomieLectio

ひんやりスイーツ

だいぶ蒸し暑くなってきて

朝晩の散歩も少しずつ歩く距離を短くしている。

その分、風呂にゆっくり浸かったり、小説や雑誌を読んだりする時間が長く取れるようになってきた。

この時期にはやっぱり心が爽やかになりそうなページに目がいく。

我々人間には、目で愉しむ、という能力も備わっている。