Lectio

いまから かくのは

-えを かく こと

それは のびのびと

いきることだ-

エリック・カール 『えを かく かく かく』

黄色い牛だよ、と喜ぶ子どもの顔を見て、ようやく目が覚めた。

ライオンが緑だっていいし、象がオレンジ色だっていいし、別にシロクマが黒くってもそれはそれでいいなと思った。

まちがった色なんて、そんなものはないな。

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わたしたちは常に相手のなかに、自分の特色を発見するのです

-きみはきっと、私が東京の物語をするとき、あたかも自分自身の物語をしているかのようであることに気がついたでしょう。

でも、実際には、わたしは自分のことも、自分の生活している都市のことも、いつもきちんと話せていない気がしているのです-

四方田犬彦 ・也斯 (イェース) 『往復書簡 いつも香港を見つめて』

IdeaLectio

わたしは幼いときからこれらの本のあいだですごし、物語を鵜呑みにしていました。

-もし、祖父の世代の日本が民族主義の目から見た日本だとすれば、

母が漸次受け入れてきたものは、現代生活と現代化された日本を代表するものであり、当時のわたしがあこがれたものは、文学芸術のなかの「現代的な」日本であったと言えます。

ならば、わたしの子どもたちや学生にとっては、今日の日本、とりわけ東京という都市は、また別の様相を意味することになるでしょう-

四方田犬彦・也斯(イェース) 『往復書簡 いつも香港を見つめて』

世界はこの世にたった一つしか存在しない、とは僕は思っていない。

人の数だけそれぞれに世界があると思っていて、たとえば小説や映画、あるいは自分自身の思い出や家族から聞いた物語みたいなものがそれらを彩っているんだろう。

それが良いものであれ悪いものであれ、僕たちが僕たち自身で認識するセカイというのはそうやってできていくんだと思っている。

Lectio

木や川にいいよって言ってもらえたら、そこに決めなさい

-お父さんも、お母さんも、そのまたお父さんもお母さんも、

ピスケの年になったら、一人で旅をして、

自分で、住むところを決めたんだ。

そのときに大切なのは、まわりに、

きちんとあいさつすることだよ-

二木真希子 『小さなピスケのはじめての旅』

いつか僕の子どもたちも、自らの意思でこの家を出ていく日が来るだろう。

そのとき、もしまだ自分が元気でいられたら、ちゃんと力いっぱい抱きしめてから彼らを送り出してやりたい。

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なにわ

街は生きものだから、日々その姿や役割を変えていく。

たとえば父や母、伯父や伯母が思い描く大阪と、祖父の世代の人々の心に棲む大阪と、明治以前の大阪は、すべて違った街なのだろう。

土地の呼び方が時代、時代で変わっていくのもまた好ましく思える。