GastronomieSafari

月島の路地と

月島に住む友人の家で所謂 “宅飲み” をした帰り。

駅へ向かう途中、仲間の1人が「実は月島でもんじゃ食べるのが昔からの夢だったんだ」と言い出したので、方向転換して路地へ。

(今回はあくまでも宅飲みだからと) 遠慮して言い出せなかったあたり東北人らしくて良いなと微笑ましく思いながら、目に付いたお店に入る。

鉄板で暖まりながら、若い頃はよく仲間と駄菓子屋に集まっては一杯200円とかのもんじゃ焼きをジュージューやってたなと懐かしく思った。

でも今は、メインの前に牡蠣だのキノコバターだのを楽しんだり、トッピングはベビースターじゃなくて浅蜊 (あさり)を入れてみたり…いつの間にかオトナになったな、なんて思ったりした。

SafariStyle

上を向いて

東京国立博物館はどこを歩いても、どこを眺めても感心させられる。

静かな夜の館内をそろそろと歩く楽しさは、闇を照らす仄かな光のおかげかもしれない。

IdeaSafari

この国が伝える美

『正倉院の世界』。

“大階段”が好きな僕としては入場前から密かにテンションが上がる。

展示品を観ながら、今日観たもののなかには自分が死ぬまでに状態が大きく変わったり、あるいは焼失してしまったりするものもあるかも知れないなと思った。

というより、ただでさえ自然災害が多いこの国で、争乱が続いたこの千数百年を生き抜いた品々をいま見られること自体が奇跡に近いのかもしれない。

限られた撮影可の宝物を試しにカシャリとしてみたものの、何か違うなと思って途中でやめてしまった。

一方で、(この展覧会に限らず) もっと多くの人の目に触れるように、個人による文化財の撮影と転用を広く許可してもいいような気もした。

フェロノサじゃないけど、こういうものはnational treasures (国民の宝)であって、保存の観点からは色々制約もあるのだろうけども、上手な方のTwitterなんかを通じてもっと世の中にシェアするべきでは、とも思う。

そういうのが文化財保護に繋がるってことはないのですかね。

先祖が守ってきた品々の存在自体を知らないまま僕たちが死んでいくのはあまりにも不幸だし、それをひとりひとりが探して歩くには人生は短過ぎる。

LectioSafari

このままでは嬉野がしまえる(なくなる)

日経新聞に嬉野の地域おこしのことが書いてあって、前に訪れたのはいつだったかなと記憶を辿ってみたが正確には思い出せない。

少なくともその時期にはTea Tourism (お茶ツーリズム) なんて言葉は使われていなかったし、お茶をゆっくり堪能する心の余裕なんかも当時の自分は持ち合わせていなかったのだろう。

おいしいお茶と、それを味わえる空間があって、伝統ある宿には温泉まであるのだから、それだけでももう一度訪れてみる理由はあるなと思った。