LivingSpiel

アトリエ

近所のアトリエに遊びに行ってきた。

ひさしぶりに、紙を机いっぱいに拡げて絵の具を垂らしたりローラーでコロコロしたりテントみたいなものを拵えたりして、身体をつかって遊んだ。

こういう、目的があるようでないような時間って、けっこう贅沢なものだなと思ったりした。

LivingSpiel

空 (そら)

単に「とても高いところ」と「空」と呼ばれるところの境目はどこなんだろう。

むかし、友人と遊んでいるときに誰かが言い出して、風船になにか括り付けて空へ向けて飛ばしてみようということになった。

僕たちはたしか、それぞれ誰かに向けた手紙を書いたんじゃなかったかな。

なにを書いたのだったかは、とうに忘れてしまったけれど

IdeaSpiel

パパの風船はどこへ行ったの

息子がもらってきた風船を手に取って、少しの間、懐かしい気分に浸った。

見るからにヘリウムガスがしっかりと注入された風船で、手を離した瞬間にオトナの手も届かないところへ瞬時に飛んでいってしまいそうだった。

この頃は、デパートやアウトレットでもらう風船はユラユラと漂う可愛らしいキャラクターものが主流になったような気がする。

風船にまつわるお決まりの失敗談なども息子に披露しながら、ふたりで糸の先にいろんな物体を括りつけて遊んだ。

「それで、パパの風船はどこへ行ったの?」

どこへ行ってしまったんだろう。

IdeaSpiel

正月遊び (福笑い)

息子と散歩していると、地元の小学校の正門が珍しく開放されていることに気付いた。

ちょっとドキドキしながら校庭を横切り、体育館の方まで歩いてみると、どうも在校生とその家族を集めて正月遊びのイベントをやっているらしい。

「小さいお子さんもどうぞ。お父さまも遊んでみませんか」

と誘われ、福笑いに挑戦してみた。

目隠しして受け取った顔のパーツ(らしきもの)を並べていくのはなかなか難しい。

「子どもの遊びとはいえ、久しぶりにやると案外難しいものですね」なんて言い訳して立ち去りながら、考えてみれば子どもの頃にだってやったことないなと思った。

テレビか何かで観たことはあるし、知っているけど、やったことはない。

文化というのは、いつかそうやって、いつの間にかプツリと途絶えてしまうものなのだろう。

SafariSpiel

採集時代の記憶

息子が団栗 (どんぐり) を集めてきた。

丸々としたもの、細長いもの、赤っぽいもの、帽子を被っているもの(椎の実?)。

そのいくつかを石で割ってみると、思いのほか綺麗な色の実が出てきた。

食べられないのと問われ、「食べられないこともないけど、今はね」と曖昧に答えて散歩を続けた。

あるいは一欠片くらい食べさせてみても良かったのかもしれない。

LivingSpiel

サンタクロースの夜

サンタさんがプレゼントを入れてくれるかもしれないから、と寝る前に息子が靴下を見せてくれた。

用意されていたのは彼が普段履いている幼児用の小さな靴下。

おかげでサンタはとても困ったことになっている。

でもそういえば小さい頃の自分もそうだったなと思い出した。やっぱりブカッとした専用のじゃなくて、自分の靴下を枕元に置いて寝たんだった。

僕が眠っている(フリをしている)間に、父がわざわざサンタクロースの格好をしてプレゼントを置きに来てくれていたのも覚えている。

「本当はお父さんがサンタなんでしょ」と尋ねたら、翌年から来て (着て) くれなくなってしまったけれど