Lectio

コクリコ坂

-ゆるい坂を おりてゆけば

夏色の風に あえるかしら

おそい午後を 行き交うひと

夏色の夢を はこぶかしら

夕陽のなか 呼んでみたら

やさしいあなたに 逢えるかしら-

生まれ育った地を離れ、初めて移り住んだ街を見た父が「世の中にはこんなに平坦な土地があるんだ」と思ったという話を小さな頃に聞かされて、それから長い間印象に残っていた。

その言葉の意味がわかったのはずっと後になってからだけど、

若い頃の父が立った坂の向こうには何が見えたのだろう。

Lectio

およそ世の中に歴史といふものほどむつかしいことはない

-元来人間の智慧は未来の事まで見透すことができないから、

過去のことを書いた歴史といふものにかんがみて将来をも推測せうといふのだが、

しかるところこの肝腎の歴史が容易に信用せられないとは、実に困った次第ではないか。

見なさい、幕府が倒れてから僅かに三十年しか経たないのに、

この幕末の歴史をすら完全に伝へるものが一人もない-

勝 海舟 『氷川清話』

Gastronomie

長崎

東京にも美味しい長崎料理を食べられるお店はいくつかある。

時折無性に食べたくなって、皿うどんを箸でズルズル手繰ると昔訪れた土地のことを思い出したりする。

麺の上からかかっているこの “うま煮” みたいな餡にはいつも感心してしまう。

他のメニューを意識することもあるんだけど、やっぱり「太麺もできますよ」の一言には弱かったりして。

LectioLiving

数遊び

エリック・カール『1、2、3どうぶつえんへ』

好きな数字、というのは小さな子どもにもあるらしい。

仲の良いお友だちが住んでる部屋の階数だとか、誕生月だとかで何となく親密な感じがしてくる数字もあるし、単にアラビア数字のこの形が好き、というのもある。

大人になってからも、実務的なところでいくつかの数字に一喜一憂したり、験 (げん) を担いでみたり、偶然の一致に勝手に運命的なものを感じたりもする。

僕のラッキーナンバーは、今はまだ言わない。

Lectio

いまから かくのは

-えを かく こと

それは のびのびと

いきることだ-

エリック・カール 『えを かく かく かく』

黄色い牛だよ、と喜ぶ子どもの顔を見て、ようやく目が覚めた。

ライオンが緑だっていいし、象がオレンジ色だっていいし、別にシロクマが黒くってもそれはそれでいいなと思った。

まちがった色なんて、そんなものはないな。

Lectio

わたしたちは常に相手のなかに、自分の特色を発見するのです

-きみはきっと、私が東京の物語をするとき、あたかも自分自身の物語をしているかのようであることに気がついたでしょう。

でも、実際には、わたしは自分のことも、自分の生活している都市のことも、いつもきちんと話せていない気がしているのです-

四方田犬彦 ・也斯 (イェース) 『往復書簡 いつも香港を見つめて』

IdeaLiving

ロストワールド

今が仮に「何かが失われた時代」なんだとしたら、消えてしまったものはなんだろう。

それは “ひたむきさ” かなとボンヤリ思った。

自分がかつて本気でスポーツに取り組んでいたこともあって、全盛期を過ぎて、周囲から引退の2文字を突きつけられてもなおプロとしてのキャリアを捨てないベテラン達のプレーを観ると、胸が熱くなる。

彼らの何が僕を揺さぶるんだろう。

それはやっぱり彼らの直向きさとか、情熱とか、最後の薄皮いち枚くらいにかける執念とか、そういうものかなと思う。

たしかに便利でライトな世の中になったし、もうそんな時代じゃないよと言う人もいるだろうけど、結局のところ、僕が好きなのはそういうものなんだろうと思ったりした。