Lectio

ねえ、今日の一時間目は、図書室にしよう

- これは、君達の図書室だよ。ここにある本は、誰でも、どれでも読んでいい。

『何年生だから、どの本』とか、そういう事は考えることはないし、いつでも、好きなときに、図書室に入ってかまわない。

借りたい本があったら、家に持って帰って読んでいい。そのかわり、読んだら、返しとけよ。

家にあるので、みんなに読ませたい本があったら持って来てくれるのも、先生は、うれしいよ。

とにかく、本をたくさん、読んでください -

黒柳徹子 『窓ぎわのトットちゃん』

子ども達と図書館へ行くと、このくらいの年頃だとコレみたいな固定観念から

つい「今読むべき本」みたいなものを薦めたくなってしまうけれど、

当の本人たちが欲してるものは全然そんなものじゃなくて、僕なんかが選ぶよりもよっぽど面白そうな本を自分で見つけてくる。

そういう意味でも「図書館」という子ども達にとっての世界の入口は、未来のこの国にもちゃんと在って欲しいなと心から思う。

GastronomieLiving

ドーナツ工房

おやつに何が食べたいか

というと何故かドーナッツとかシフォンケーキみたいなモソモソとしたモノばかり頭に浮かぶ。

それは単に「食べ応え」ということもあるけれど、珈琲とか紅茶とかとの相性なんかも無意識のうちにイメージしているのかもしれない。

みたいなことをアレコレ考えながら雨のなかを散歩している。

「ドーナツ工房」なんて看板を提げたお店がある街は、それだけでなんだか魅力的に見える。

Gastronomie

眠れぬ夜は

なんて言ってないでさっさと眠れば良いのだけれど

頑張った一週間の終わりに自分のためのご褒美を用意しておくと

また少し頑張れる気がしている。

ところてんを入れた器のコッチ側のふちには、大好きな辛子がたっぷり隠してある。

GastronomieStyle

酒蔵

大きな杉玉を見掛けると、つい覗きたくなってしまう。

酒蔵というのは自分にとっては古き良き日本の美を凝縮したような存在に思えるし、

最近はカフェやレストランが併設されているところもあって、そういう酒蔵さんには一見客でも受け入れてくれる柔らかな雰囲気もある。

流通が発達したおかげで美味しいものが気軽に手に入る時代にはなったけれど、

この土地でこの人たちが丹精込めてつくったものなのかとか密かに関心しながら買って帰るお酒は、

いつもとは少し違った味がするんじゃないか、なんて思ったりして。

GastronomieLiving

レモンケーキ

昨日はひさしぶりに車で遠出する用事があって、テイクアウトの珈琲でサンドイッチを流し込みながら「なんて合うんだろう」とか言いながらドライブを楽しんだ。

今日は今日でレモンケーキを食べながら「こんなにコーヒーに合うものもなかなか無いよな」なんて呟いている。

Lectio

わたしが音楽から聴きとったのは

- そのころはまだ、イタリア語で歌われている歌詞の意味が分からなかったため、

カルーゾが復讐に燃えているのか、新大陸の発見に歓喜しているのか、皆目見当がつきませんでした。

でも、そんなことは少しも気にならなかったのです。

カルーゾの声そのものが心に深く染み通るものでしたので、歌詞を頼りに音楽を楽しむという気になれなかったからです。

わたしが音楽から聴きとったのは、演奏者の魂が自分の魂に直接呼びかける声だったのです -

ドナルド・キーン / オペラとの出会い

GastronomieLiving

青海苔

暑くなってくると途端に心太 (ところてん) が食べたくなる。

いや、然程暑くない時期でも食べてるかもしれない。

青のりの香りと、ところてんの喉ごしが色んなものを流していってくれる。

IdeaLectio

一時

スマートフォンで小説や雑誌が読める時代になっても相変わらず文庫本が手放せない。

ベッドや床にゴロンとしながらでも気軽に読めて、

散歩する時にも片手で持ち歩くことができて、珈琲を待つひとときを至福の時間にしてくれる。

古い街には文庫を置いている喫茶店なんかもあって、書棚を眺めながらどことなく僕のラインナップと似ているな、なんて思ってニヤついてしまったりして。

IdeaLiving

オジサン

オジサンと呼ばれる年齢になってはじめてわかったのは

この世界は無数のおじさん (その他、老若男女諸々含む) 達のおかげでなんとか成り立っているのだ、ということ。

将来、自分の子どもから「パパは何の仕事してるの」と聞かれたとして、

「お父さんは電車の運転手だよ。お前たちをあっちの街からこっちの街へ運ぶんだ」

なんて胸を張って言えるような仕事をしてる人達のことを、ちょっぴり羨ましく思った。

僕は一体、社会の何の役に立っているだろうか。

Lectio

しかし、目にはしていながら、本当には見ていないことも多いのです。

- 見すごしていた美しさに目をひらくひとつの方法は、自分自身に問いかけてみることです。

「もしこれが、いままでに一度も見たことがなかったものだとしたら?

もし、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?」と -

レイチェル・カーソン 「センス・オブ・ワンダー』