IdeaLiving

ロストワールド

今が仮に「何かが失われた時代」なんだとしたら、消えてしまったものはなんだろう。

それは “ひたむきさ” かなとボンヤリ思った。

自分がかつて本気でスポーツに取り組んでいたこともあって、全盛期を過ぎて、周囲から引退の2文字を突きつけられてもなおプロとしてのキャリアを捨てないベテラン達のプレーを観ると、胸が熱くなる。

彼らの何が僕を揺さぶるんだろう。

それはやっぱり彼らの直向きさとか、情熱とか、最後の薄皮いち枚くらいにかける執念とか、そういうものかなと思う。

たしかに便利でライトな世の中になったし、もうそんな時代じゃないよと言う人もいるだろうけど、結局のところ、僕が好きなのはそういうものなんだろうと思ったりした。

IdeaLectio

わたしは幼いときからこれらの本のあいだですごし、物語を鵜呑みにしていました。

-もし、祖父の世代の日本が民族主義の目から見た日本だとすれば、

母が漸次受け入れてきたものは、現代生活と現代化された日本を代表するものであり、当時のわたしがあこがれたものは、文学芸術のなかの「現代的な」日本であったと言えます。

ならば、わたしの子どもたちや学生にとっては、今日の日本、とりわけ東京という都市は、また別の様相を意味することになるでしょう-

四方田犬彦・也斯(イェース) 『往復書簡 いつも香港を見つめて』

世界はこの世にたった一つしか存在しない、とは僕は思っていない。

人の数だけそれぞれに世界があると思っていて、たとえば小説や映画、あるいは自分自身の思い出や家族から聞いた物語みたいなものがそれらを彩っているんだろう。

それが良いものであれ悪いものであれ、僕たちが僕たち自身で認識するセカイというのはそうやってできていくんだと思っている。

Lectio

なにわ

街は生きものだから、日々その姿や役割を変えていく。

たとえば父や母、伯父や伯母が思い描く大阪と、祖父の世代の人々の心に棲む大阪と、明治以前の大阪は、すべて違った街なのだろう。

土地の呼び方が時代、時代で変わっていくのもまた好ましく思える。

LivingStyle

室内の植物

大温室みたいな所にあるいかにも熱帯の植物、みたいなのが割と好きだったけど

このところカフェなんかにそっと置いてある観葉植物にも目を奪われるようになった。

植物というのは、動物とは違う不思議な魅力にあふれている。

LectioStyle

ラントヴァッサー

そもそも雪×鉄道というは素敵なものだけど、そこに石造りの橋、となると絵にならないわけがない。

我が国の人間の多くは鉄道がトンネルに入るたびに某文学作品のフレーズが脳内を駆け巡るよう設計されているけれど、トンネルの向こうの世界を期待してしまう気持ちはやはり万国共通なのだろうか。

Gastronomie

ナーン (言いたいだけ)

ずっと「ナン」と呼んできたけど、メニューに載っている「ナーン」の響きが妙に気に入ってしまった。

お店でも幾分緊張しながら「ナーンでお願いします」と注文してみたら (当たり前だけど)、ちゃんと通じた。

そもそもナーンと言いたい (=書きたい) 一心でこの写真を撮ったのだけれど、思い返してみると「言いたいだけ」は自分の中に結構あるな。

Idea

移動する

古代ローマの例を出すまでもなく、地面そのものを加工するというアイデアを人間が考え出したことには感心してしまう。

その時代その時代で世界の在り方や移動手段 (徒歩、騎馬、自動車、電車) は変化し、その度に人間は必要な道路や線路をつくり出してきたんだなと思うと、何だか不思議な気分になる。

土の上で裸足になる気持ちよさはいつまでも覚えていたいけれど、雨の日にカツカツカツと歩けるこのありがたさもまた忘れてはいけない気がする。