Lectio

道徳に反対した文芸は枯れてしまわなければならない

-我々人間としてこの世に存在する以上どう藻掻 (もが) いても道徳を離れて倫理界の外に超然と生息するわけにはいかない。

道徳を離れることが出来なければ、一見道徳とは没交渉に見える浪漫主義な自然主義の解釈も一考して見る価値がある。

この二つの言葉は文学者の専有物ではなくって、貴方方と切り離し得べからざる道徳の形容詞としてすぐ応用が出来るというのが私の意見で、

何故そう応用が出来るかというわけと、かく応用された言葉の表現する道徳が日本の過去現在に興味ある陰影を投げているという事と、

それからその陰影がどういう具合に未来に放射されるであろうかという予想と

まずこれらが私の演題の主眼な点なのであります-

夏目漱石 『文芸と道徳』

Lectio

西へ行く日の、果(はて)は東か

-ある時サローンにはいったら派手な衣装を着た若い女が向うむきになって、洋琴 (ピアノ) を弾いていた。

そのそばに背の高い立派な男が立って、唱歌を唄っている。その口が大変大きく見えた。

けれども二人は二人以外のことにはまるで頓着していない様子であった。

船に乗っていることさえ忘れているようであった-

夏目漱石 / 夢十夜 『第七夜』

Lectio

ちょうどこんな晩だったな

-「何が」と際どい声を出して聞いた。

「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲るように答えた。

するとなんだか知ってるような気がしだしたけれども判然 (はっきり) とは分らない。

ただこんな晩であったように思える。

そうしてもう少し行けば分るように思える。

分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。

雨はさっきから降っている-

夏目漱石 / 夢十夜 『第三夜』

Lectio

あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするが故に尊い

- 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。矢張り向こう三軒両隣りにちらちらする唯の人である。

唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越すことはあるまい。

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりも猶 (なお) 住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容 (くつろげ) て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。

ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る -

夏目漱石 『草枕』

Lectio

百年待っていてください

-いつ逢いに来るかねと聞いた。

「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう、それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。-赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、-あなた、待っていられますか」-

夏目漱石 『夢十夜』

Lectio

お嬢さんの顔を見るたびに、自分が美しくなるような心持がしました。

-私はその人に対して、ほとんど信仰に近い愛をもっていたのです。

私が宗教だけに用いるこの言葉を、若い女に応用するのを見て、あなたは変に思うかも知れませんが、私は今でも固く信じているのです。

本当の愛は宗教心とそう違ったものでないという事を固く信じているのです。

私は他 (ひと) を信じないと心に誓いながら、絶対にお嬢さんを信じていたのですから-

夏目漱石 『こころ』