GastronomieLiving

すだち

今日はもう何も食べなくてもいいや

というくらい蒸し暑い日でも蕎麦は食べられる。

そこに柚子や酢橘があれば尚よし◎

僕は果物のかわの苦味とか食感も好きなので、夏はなんとなくこれ一杯で満ち足りた気分になる。

GastronomieLiving

真夏の鰻

「好物はなんですか」と問われて最初に浮かぶものの一つが鰻で、

季節を問わずによく食べるのだけれど

やっぱり夏になるとその頻度が格段にあがる。

普段大好きな揚げ物もこの暑さではと見送り、素麺ばかりでは夏を乗り切れなさそうだし…

となると大体「今日は特別(?)に鰻にしよう」と家庭内の意見が一致する。

あの甘塩っぱいタレにホクホクした鰻の食感。その下には熱々のご飯。

そうそう、山椒もたっぷりと。。

そんなことを書きながら、また猛烈にうなぎが食べたくなる日も近い気がしている。

GastronomieLiving

この夏が終わる前に

やり残したことは沢山ある。

海で遊んでないし、それどころかプールだって行ってない。

もちろんスイカ割りだってやってない。

「そういえば●歳の夏はこんなことやったっけ」って思い出が、子ども達のなかに少しでも残ってくれればいいのだけど。

なんて、蒸したてのトウモロコシ (頂きもの) を囓りながら。

LivingSafari

団扇 (うちわ)

炎天下で団扇を扇いだって、冷んやりとした空気はつくれない。

やっぱり室内に逃げ込んで、冷風のもとで団扇をパタパタ。それからブルーハワイをひと口。

IdeaSafari

日陰を求めて

夏の本気の日差しがあってはじめてキリキリと冷たい小川の愉しさがある。

この季節には (砂漠の民でなくても) 日陰の嬉しさというのがよーくわかる。

Lectio

「もうこの仕事はやらないんだね」「ええ、今年の夏はね」

- 僕はライトバンから電動芝刈機と芝刈ばさみと ” くまで ” とごみ袋とアイスコーヒーを入れた魔法瓶とトランジスタ・ラジオを出して庭に運んだ。

太陽はどんどん中空に近づき、気温はどんどん上っていた。

僕が道具を運んでいるあいだ、彼女は玄関に靴を十足ばかり並べてぼろきれでほこりを払っていた。靴は全部女もので、小さなサイズと特大のサイズの二種類だった。

「仕事をしているあいだ音楽をかけてかまいませんか」と僕は訊ねてみた。

彼女はかがんだまま僕を見上げた。「いいともさ。あたしも音楽は好きだよ」 -

村上春樹 『午後の最後の芝生』

若い頃に芝刈りのアルバイトをした経験なんてないのだけれど、時折この小品を読み返しながら、学生時代に感じていたある種の心の震えみたいなものを味わっている。

「記憶というのは小説に似ている、あるいは小説というのは記憶に似ている。」

たしかにそうだ。

Living

夏の終わりと、祖母の庭と

この国の夏は、お盆があり、終戦の日があり、死者の季節とも呼ばれるらしい。

僕にとっての夏は、母方の祖母と結びついている。

小さな頃は、毎年夏は母に連れられて田舎にある祖母の家で過ごした。

物心ついた頃には祖父は既に亡くなっていたので僕は”おばあちゃんの家”と呼んでいた。

庭にビニールプールを出してもらったり、まだ結婚前で実家暮らしをしていた叔父 (大きいお兄ちゃん) と虫捕りをして遊んだ。

祖母が亡くなった年の夏、まだ学生だった僕は墓参りを兼ねて祖母の家を片付けるために父と母と出掛けた。

ひと通り作業を終えてしまうと、なんだかこの家が本当に空っぽになってしまったような気がした。

父と母は、畳の上に座って庭を眺めながら何か話をしている。

少し散歩してくるよと両親に伝え、隣地に広がる小さな公園に向かって歩いた。

昔はここから洗濯物を干している祖母が見えたんだけどな。

あぁ、僕のおばあちゃんはもう、この世にはいないんだな。

声をあげて泣いた。

そろそろオトナにならないといけないなと、そのときに思った。

Safari

夏が終わる

朝、目を覚ますと少しカラダが冷えている。

このところ運動不足気味だった愛犬を起こして森まで出掛けてみると、やはり涼しい。

途中で水を飲ませて2人でいつもより長めの散歩をする。

虫や鳥たちの声も今日は少し違って聞こえる。

季節のダイヤルがひとつカチリと回った気がした。