Musica

Sentimental #4. ウルフルズ

-とにかく笑えれば

それでも笑えれば

今日一日の終わりに

ハハハと笑えれば -

ウルフルズ 『笑えれば』

付き合いの長い仲間とカラオケに行くと

そのなかの1人がいつもこの曲を入れる。

彼がこの歌を本当は僕のために唄ってくれていることを僕は知っていて、

僕はいつも澄ました顔で聴いてるんだけど、

その度に胸の奥の方がコツコツと鳴っている。

IdeaMusica

Sentimental #3. JUDY AND MARY

ジュディマリを聴くと、修学旅行で行った京都を思い出す。

クラスの少し進んだヤツがノートパソコンを持ち込んでくれたおかげで、僕たちの修学旅行は途方もなく彩り豊かなものになった。

まだ便利なサイトなんかない時代で、そいつのミュージックライブラリから好きな曲を選曲しては、あーだこーだ言い合うだけではあったけれど。

夜にはお決まりの恋話 (こいばな) になって、誰が誰を好きだとか、お前いま行って告白して来いだとか、今思えば最高にくだらない、それでいて当時最大の関心事で盛り上がる。

だから僕がこの古い都の、町としての本当の魅力を知ったのは、もっとずっと後のことだ。

Musica

Sentimental #1. ZARD

日曜の昼にカフェみたいなところで食事をしていると、隣のカップルがイヤフォンを2人で分け合って楽しそうにしていて、ちょっといい気分になった。

学生時代はカセットやらMDやらに各々のお気に入りの曲を選曲して持ち歩いては仲間内でシェアしてたっけなと昔の記憶が蘇ってきた。

お前のはいつもZARDが入ってんだよな、と長い付き合いの友人に言われて、そう言われてみればそうだなと笑ったのを覚えている。

部活でどこだか遠くへ遠征した帰り、僕はウォークマンでZARDを聴いていた。電車のガタゴトという揺れと温かさで眠りに落ちそうになりながら。

ガラガラの車内では、疲れを知らない仲間たちがまだワイワイやっている。

ヴォーカルの甘くて切ない歌声がイヤフォンを通じて胸に響く。

“永遠に取り戻せないあの季節”?

そうだよな、こういうのもいつか終わるんだよなと、その時思った。

IdeaLectio

本を読むこと、経済合理性について

「諸君。残りのお金で、本を買いなさい」

経済史の講義の終わりに、教授は答えた。

学生の1人が、過去の歴史を踏まえて先生なら何に投資されますかと尋ねた。

「私であれば世界経済そのもの(インデックスファンド)に幾らか投資する。あとは書物だ。別に経済学の本でなくても構わない。一冊の本を書くために、その世界の専門家が、我々がそれを読み切るための時間の50倍の時間と労力を費やしてできたものだ、という認識をあらためて持ちなさい」

「そしてこれは君たち次第でもあるが、書店に支払う対価の何倍もの価値をもたらしてくれるだろう。今日の講義は以上だ」

僕はその足で書店へ向かい、気になっていた書籍を両手に抱えて帰ったのを今でも覚えている。

大学時代から、ことある毎にこの教えを思い出してきた。

2倍、3倍の価値を感じる書籍はざらにあるし、時には人生観を変えるくらいの出会いもある。

失敗したとしても文庫なら数百円、単行本でも数千円。読むことに費やす時間もタイミングも、自分で決めることができる。

これ程リスクあたりのリターンに優れた投資先は他にない。