Lectio

おそらく、星は心を寄せるにはあまりに遠く頼りなく、小さ過ぎたのかもしれない。

- 天国とはちがい、極楽や彼岸は海や川の彼方にあるので、

わたしたちの祖先は、空を仰ぎ見て、天にまします神に救いを求めたり、

『ピノキオ』みたいに「星に願いを」こめたりしなかったためではないだろうか -

高畑 勲 『闇と光』

Lectio

わたしたちは、このふるい果樹園と草地と森を買い、ちいさな家と画室をはこんできて、そのまん中にたてました。

- ふるいりんごの木の枝はととのえてやり、森の下草は、きれいにはらい、

草地の草は、いつもみじかくなっているように、ひつじをかいました。

いつも葉のあるみどり木や、花をさかせる木もうえました。

ながれのふちには、しだや、こけ類が、おいしげります。

ここで、わたしたちは、子どもをそだてて、やがて、その子どもたちは、大きくなって、ひとりだちしていきました -

バージニア・リー・バートン 『せいめいのれきし』

こども達に絵本を読んであげながら、目の前の世界がこんなふうにできていたらなんて素敵だろうと思ったり。

『便利な世界』である前に。

あるいはそういう時代もあった、ということなのかもしれないけれど。

Lectio

暗がりの中の仄かな光

-谷崎潤一郎は戦前、日本家屋から微妙な陰翳が消えていくことを惜しんで『陰翳礼賛』を書いた。

たしかにわたしたちの祖先は、住まいだけでなく、たそがれ、かわたれどき、萌葱(もえぎ) 、浅黄 (あさぎ) などなど、

多くの言葉が残っていることでも分かるように、日常の中で光や色の微妙な差や変化を感じ、それを大事にしてきた。

しかし、過去に存在した「陰翳」を、貧しさや不自由のあらわれとしか感じなかった大多数の現代の日本人は、むしろ欧米化するつもりでさっさとそれを捨て去り、

明るい照明器具を発明した西洋人の方が、意識的に「陰翳」を日常生活の中に取り込んで「礼賛」しているのはじつに皮肉なことではなかろうか-

高畑勲 『日本の文化とその風景』

Lectio

わたしたちは常に相手のなかに、自分の特色を発見するのです

-きみはきっと、私が東京の物語をするとき、あたかも自分自身の物語をしているかのようであることに気がついたでしょう。

でも、実際には、わたしは自分のことも、自分の生活している都市のことも、いつもきちんと話せていない気がしているのです-

四方田犬彦 ・也斯 (イェース) 『往復書簡 いつも香港を見つめて』

IdeaLectio

わたしは幼いときからこれらの本のあいだですごし、物語を鵜呑みにしていました。

-もし、祖父の世代の日本が民族主義の目から見た日本だとすれば、

母が漸次受け入れてきたものは、現代生活と現代化された日本を代表するものであり、当時のわたしがあこがれたものは、文学芸術のなかの「現代的な」日本であったと言えます。

ならば、わたしの子どもたちや学生にとっては、今日の日本、とりわけ東京という都市は、また別の様相を意味することになるでしょう-

四方田犬彦・也斯(イェース) 『往復書簡 いつも香港を見つめて』

世界はこの世にたった一つしか存在しない、とは僕は思っていない。

人の数だけそれぞれに世界があると思っていて、たとえば小説や映画、あるいは自分自身の思い出や家族から聞いた物語みたいなものがそれらを彩っているんだろう。

それが良いものであれ悪いものであれ、僕たちが僕たち自身で認識するセカイというのはそうやってできていくんだと思っている。