LectioStyle

穀物果実は上り月、根菜類は下り月の月夜に

渡辺亮平 『3日目のワインがいちばんおいしい』

この手の力の抜けたイラストやタイトルの空気感が自分好みで、思わずジャケ買いしてしまう↑

僕は割とアルコールは好きな方だと思うけど、量はそれほど要らない。

仕事の余裕がある時期になると知り合いのワインショップに寄ってボトルを選び、週末に栓を抜いて3〜4日かけてゆっくり飲む、というのが自分のペースに合っている。

口に入れた瞬間からおいしい、というモノもあれば、すっかり飲み干してしまって何日か経ってから「あぁ、何だかあれは良かったな」というモノもあるから愉しい。

LectioMusica

オルフェウス

-花を愛(め)で木陰に休らひ

鳥獣(とりけだもの)を友としてうたふ-

“能”の舞台を初めてみたのは何歳の頃だったかな。

視覚への衝撃という意味では「観た」という表現がやはり適しているのだと思うけれど、濃厚に記憶として残っているのはむしろ「音」や「声」のような気もする。

LectioLiving

オリキュレール

「多くの社会で親指はあきらかな誓約に、小指は約束事につながる」

野村雅一 『しぐさの人間学』

子どもと”指切りげんまん”をやろうと思って、ふと自分は今まで生きてきて、一度もこれをやったことがないんだということに気付いた。

僕は昔から「約束」というものが苦手で、親しい友人たちとの食事の予定ですら2、3日前になると気が滅入ってしまうところがある。

もちろん行ってみるとやっぱりこれ以上ないってくらい楽しい時間を過ごせるのだけど。

Idea

寄付文化と社会と

もはや災害時 (真っ最中はもちろん、これから大きな台風来るぞみたいなときも) には欠かせないインフラになったように、Twitterは社会の善意を緩やかに繋げることにもひと役買っていると思う。

Twitterがあるおかげで、少なくとも一昔前よりは「助けて」とか「なんとかしてあげようよ」みたいなことも割と言いやすい社会にはなってきた気がする。

ミクシィか何かの「ココをクリックすると1円がどこそこへ寄付されます」みたいなバナーをポチッとしていた頃には今みたいなレベルのネット社会がやって来るとは想像もしていなかったけれど、ソフトな善意が社会を動かすような時代になるといい。

コンビニなんかで見かける旧式の募金箱も、財布の小銭入れがパンパンになってイライラするような人はゴソッと募金してしまえばいいわけだし、みんなの意識さえ高まれば今後も割と有効な集金システムであり続けるんじゃないかと思っている。

GastronomieLiving

朝はパン

僕は自分のことを”朝食は米”派なんだと長いこと思っていたのだけれど、このところパン派になってきている。

いや、考えてみれば朝に米を食べるのだって妻と出会ってから根付いた習慣であって、その前はそれ程こだわりなく食べていたような気もする。

実家にいるときも意味もなく餅ばかり食べていた時期もあるし、毎日朝からシーチキン巻きを食べていた時期もある。

前にパン派を名乗っていたのはいつだったかな。急にピーナッツバターにハマったのがキッカケだったような気がする。

IdeaLectio

地球のウラ側で

小さな頃から”地球の裏側”とか”地球の反対側”とかという表現が好きで、ブラジルとかアルゼンチンとかチリとか、南米諸国には勝手な憧れがある。

そこには僕たちのクニとは全く違う生態系がひろがっていて、色とりどりのイキモノがそれぞれの暮らしをしていて、人々は陽気でおまけに良質のコーヒー豆なんかも獲れて…とか。

雑誌の挿し絵をパラパラしながらまたボーっとしてたら息子が興奮気味に抱きついてくる。

ヤドクガエルみたいな鮮やかなブルーは彼のお気に入りの色なのだ。

Gastronomie

冬の過ごし方

夏は好きだけど冬は大の苦手で、風の強い日なんかに外出すると、一日憂鬱な気分になってしまう。

大通り沿いに古い喫茶を見つけ、中へ入ってみる。

老夫婦がやっているお店のようだけど、メニューには僕の好物のココアが載っている。

七輪やストーブの上に置かれたヤカンを眺めながらボーッとしていると、

「今からお餅を焼くんだけど、食べていかない?」と声を掛けてくれた。

焼きたての磯部もちを頬ばりながら、冬も悪くないなと思った。