LectioSafari

ここで おりるよ。

間瀬なおかた 『バスでおでかけ』

子どもとバスに乗って出掛けることが増えた。

目的地は特に無くて、バス停でおしゃべりしながら適当なバスを待って、ふたりで奥の座席に乗り込んで外の景色を眺めて、ピンポンを押して一度降りて、リュックに入れたお水を飲んでまたバスに乗って帰ってくるだけだ。

いつか家族で、簡単には帰って来られないような山奥の村へ、バスに乗って行ってみたい。

IdeaSafari

いい靴

風のあまり強くない冬の晴れ間なんかに長い時間をかけて散歩していると、

ハイデルベルクを訪れた時のことを思い出す。

中央駅の近くで朝食を食べてしまうと、その日いちにち、何ひとつ予定が入っていない。

お金もないから別に土産ものを探すでもなく旧市街をただひたすら歩く。

お腹が空いたところでカリーヴルストだの、ザワークラウトだのを食べながらひと休みし、また延々と歩いた。

夕方、これだけ歩いても全然脚が痛くならないなんてとちょつと気を良くして宿へ戻ると、「君はいい靴を履いてるね」と相部屋の仲間 (イタリア人だったかな) が言ってくれた。

メーカーも、どこで買ったかすらも思い出せないようなスニーカーだったし、長いこと履いてきたせいで幾分擦り切れてはいたけれど、頑丈で、僕の足によく馴染んでいた。

そう言われてみればそうかもしれないなと思いながら、礼を言ってベッドに潜り込んだ。

IdeaLiving

before Facebook

学生時代、友人と訪れたウィーンでひとりのバックパッカーと知り合った。

決して人懐っこくはない僕にとっても彼は年の離れたお兄さんみたいな雰囲気で、その夜は皆で名物のシュニッツェルを食べた。

お互いのざっくりとした旅程を確かめ合うと「僕たちはミュンヘンでまた会えるかもしれないね。そしたらまたご飯でも食べようよ」と言って、そのまま別れた。

翌朝から別々の町へ向かった僕たちは、途中の鉄道の乗り換えが上手くいかず、結局は約束の時間に間に合わなかった。

名前も連絡先も住んでる街すら知らない僕達はもう会えることはないんだなとちょっぴり寂しい気持ちになったけれど、こういうのも人生だなとも思った。

いつかどこかの街なかで、ばったり会えたら素敵だななんて密かに楽しみにしている。

Lectio

もちろん、空そのものは目的地にはならない

-パイロットにとっても同じだ。

それでも現代に生きる私たちは、どこかへ急ぐ途中に空の王国で貴重な時間を過ごすことができる。

日常のしがらみが消え、故郷の物語が紐解かれる。

ときおり見上げる空の青さや星の輝きに胸を打たれることはあっても、私たちの視線はおおむね下に注がれている。

あとに残してきたものの価値を再確認して、ふたたびめぐり合う機会に思いを馳せながら、半球だけ光のあたった世界を雲のように漂う-

マーク・ヴァンホーナッカー

『グッド・フライト、グッド・ナイト』

LectioSafari

このままでは嬉野がしまえる(なくなる)

日経新聞に嬉野の地域おこしのことが書いてあって、前に訪れたのはいつだったかなと記憶を辿ってみたが正確には思い出せない。

少なくともその時期にはTea Tourism (お茶ツーリズム) なんて言葉は使われていなかったし、お茶をゆっくり堪能する心の余裕なんかも当時の自分は持ち合わせていなかったのだろう。

おいしいお茶と、それを味わえる空間があって、伝統ある宿には温泉まであるのだから、それだけでももう一度訪れてみる理由はあるなと思った。