Lectio

だが、そもそもアテナイが帝国をめざしたのはなぜだろうか?

- 古代ギリシアは、程度の差はあれ独立した数百もの小さな都市国家によって構成されており、

これらの都市国家は同盟のパターンを万華鏡のように絶えず変化させながらひっきりなしに相争っていた。

「ギリシア」とは文化的かつ言語的な概念であり、国家ではなかったのだ -

ウィリアム・バーンスタイン 『交易の世界史』

IdeaLectio

今から六百万年前、私たちの祖先は木から下りてきた。

- 以来、人類は大半の時間を、あちこち動き回ったり、狩りと採集を行ったり、遊牧民として生活したりしてきた。

村を作って定住するという考えは新たな発明だった。

それを思いついたのは一万三千年前のことであり、それ以降、私たちは放浪生活をやめ、穀物を栽培するようになった。

だから今の私たちが時々、移動不足を幻肢痛のように感じて、遊牧生活に憧れるのも不思議ではない。

遊牧生活の記憶は旅行癖にだけ見られるわけでもない。

私たちは動物の背に乗って移動すると、心が落ち着き安心するのだ-

ペール・アンデション / 「ここではない、どこか」という憧れ

遥かな昔の自分の祖先が遊牧的な民であったかどうかは別として、人類としての共通の記憶みたいなものがあるとすれば

たしかに我々は、気の遠くなるような長い時間をかけて、この広大な世界を他の動物たちと共に彷徨い歩いてきたんだなとあらためて思う。

いつかどこかで野生のウマやゾウに出会うことがあれば、そんなことをまた思い出すかもしれない。

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人物評論

-坂本が薩摩からかへつて来て言ふには、

成程西郷といふ奴は、わからぬ奴だ。

少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。

もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だらう

といつたが、坂本もなかなか鑑識のある奴だヨ-

勝海舟 『氷川清話』

人が人を評する際のエピソードというのは眉唾ものだなと思うこともあるけれど、勝海舟の人物評論はどれも面白くて、わかりやすい。

何世代も前の歴史上の人物たちの人柄に、グイグイと引き込まれてしまう。

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宰相 (さいしょう)

日本で「宰相」というとやはり吉田茂の名前が思い浮かぶ。

(ちなみに三国志ファンの端くれとしては「丞相」といえば、と問われたら曹操か諸葛亮かで迷う)

政治家は歴史によって裁かれるという言葉もあるとおり、時代時代によって再評価されたり貶められたりするところもまたヒトの社会の奥深さだなと思ったりもする。

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考古学、技術史、美術史などは、今日まで残った文書記録類ではときにわからない古代の諸関係に、重要な暗示を与えてくれる。

-いついかなる時代にあっても、世界の諸文化間の均衡は、

人間が他にぬきんでて魅力的で協力な文明を作りあげるのに成功したとき、

その文明の中心から発する力によって攪乱 (かくらん) される傾向がある-

ウィリアム・H・マクニール 『世界史』

たとえば二百年くらい後になって、歴史学者が2020年頃の世界を研究したとしたら

マクニールが言うところの「世界に対する攪乱の焦点」、あるいは 「文化活動の第一次的中心」というのは、どこになるのだろうか。

やはり米国ということになるのだろうか、それとも…

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ただし、はるかな古代、草原は人間だけは棲息しがたかった

-採集すべき木ノ実もないし、けものに近づこうにも、一望の平坦地であるために相手が遁げてしまう。

採集時代の人間はやはり森のある土地がその棲息の適地で、

農耕時代になると、人間たちは森から出て低地に棲み、河の氾濫が繰り返される湿潤の地やオアシスで穀物などを栽培した。

むろん、この段階においても草原は見捨てられた地だった。

「草原に住む」

という暮らしのシステムを考えついた偉大な民族は、スキタイであった-

司馬遼太郎 『天山の麓の緑のなかで』