Lectio

人物評論

-坂本が薩摩からかへつて来て言ふには、

成程西郷といふ奴は、わからぬ奴だ。

少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。

もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だらう

といつたが、坂本もなかなか鑑識のある奴だヨ-

勝海舟 『氷川清話』

人が人を評する際のエピソードというのは眉唾ものだなと思うこともあるけれど、勝海舟の人物評論はどれも面白くて、わかりやすい。

何世代も前の歴史上の人物たちの人柄に、グイグイと引き込まれてしまう。

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宰相 (さいしょう)

日本で「宰相」というとやはり吉田茂の名前が思い浮かぶ。

(ちなみに三国志ファンの端くれとしては「丞相」といえば、と問われたら曹操か諸葛亮かで迷う)

政治家は歴史によって裁かれるという言葉もあるとおり、時代時代によって再評価されたり貶められたりするところもまたヒトの社会の奥深さだなと思ったりもする。

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考古学、技術史、美術史などは、今日まで残った文書記録類ではときにわからない古代の諸関係に、重要な暗示を与えてくれる。

-いついかなる時代にあっても、世界の諸文化間の均衡は、

人間が他にぬきんでて魅力的で協力な文明を作りあげるのに成功したとき、

その文明の中心から発する力によって攪乱 (かくらん) される傾向がある-

ウィリアム・H・マクニール 『世界史』

たとえば二百年くらい後になって、歴史学者が2020年頃の世界を研究したとしたら

マクニールが言うところの「世界に対する攪乱の焦点」、あるいは 「文化活動の第一次的中心」というのは、どこになるのだろうか。

やはり米国ということになるのだろうか、それとも…

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ただし、はるかな古代、草原は人間だけは棲息しがたかった

-採集すべき木ノ実もないし、けものに近づこうにも、一望の平坦地であるために相手が遁げてしまう。

採集時代の人間はやはり森のある土地がその棲息の適地で、

農耕時代になると、人間たちは森から出て低地に棲み、河の氾濫が繰り返される湿潤の地やオアシスで穀物などを栽培した。

むろん、この段階においても草原は見捨てられた地だった。

「草原に住む」

という暮らしのシステムを考えついた偉大な民族は、スキタイであった-

司馬遼太郎 『天山の麓の緑のなかで』