Lectio

「ねえ、ぼくは? ぼくは、どこを かけばいいの?」

-「くろくんは、まにあってるよ。」

「きれいに かいたえを くろくされたら、たまらないよ……」

みんなは、くろくんを なかまに いれてくれません-

なかや みわ 『くれよんの くろくん』

思い返してみれば、子供の頃はクレヨンの「黒」はあんまり使わなかったかもしれない。そういえば、色鉛筆の「白」も。

オトナになって子どもと絵を描くようになってはじめて、色の多様さ、ありがたさに気づいたような気もする。それはクレヨンや色鉛筆に限らないか。

Lectio

きみに みえるように

- きょうは、なぜだか ねむれない

いつもは ゆめをみている じかん、

みたことのない 夜空をみていた。

そして、みつけた。

とても きれいで 青い星 -

青野 広夢 『きみにみえるように』

Lectio

わたしたちは、このふるい果樹園と草地と森を買い、ちいさな家と画室をはこんできて、そのまん中にたてました。

- ふるいりんごの木の枝はととのえてやり、森の下草は、きれいにはらい、

草地の草は、いつもみじかくなっているように、ひつじをかいました。

いつも葉のあるみどり木や、花をさかせる木もうえました。

ながれのふちには、しだや、こけ類が、おいしげります。

ここで、わたしたちは、子どもをそだてて、やがて、その子どもたちは、大きくなって、ひとりだちしていきました -

バージニア・リー・バートン 『せいめいのれきし』

こども達に絵本を読んであげながら、目の前の世界がこんなふうにできていたらなんて素敵だろうと思ったり。

『便利な世界』である前に。

あるいはそういう時代もあった、ということなのかもしれないけれど。

Lectio

バーバパパは まちをあるきまわったけど、くるまにびくびくしどおしでした。どこにも いくところが ないのです。

– フランソワは バーバパパを みて、 びっくりしたけど、

ふたりは すぐ なかよしに なりました。

でも フランソワの おかあさんは、

「バーバパパは おおきすぎるから うちへおいとくわけには いかないわ。」

と、いうんです。-

アネット・チゾンとタラス・テイラー 『おばけのバーバパパ』

Lectio

夜の汽車

『よるのきかんしゃ、ゆめのきしゃ』

文 シェリー・ダスキー・リンカー

絵 トム・リヒテンヘルド

表紙を見て、思わず手に取ってしまった。

朝、目を覚ますと子どもが嬉しそうに、ついさっきまで見ていた夢の話をしてくれる。

僕は小さな頃からあまり夢を見ないので、それを何だか羨ましく思っている。

汽車の夢なんかだったら尚更見たいんだけど。

Lectio

次これがいい

かしわらあきお 『ぶんぶんきいろ』

次これ読んでと息子が持ってきたのは

可愛らしい蜂の描かれた絵本。

どこかで見たことのある絵だなと思ったら

息子が小さな頃に良く読んでいた「しましまぐるぐる」の柏原晃夫さんの作品。

こういうのっていつまでも覚えていてくれるのかな。