Lectio

山があるから

もし地球外生命体なるものがいたとして、

彼らがたまたま偵察に来た際に見たのがこの場面だとしたら、どう思うのだろうか。

自然に恵まれた地球という惑星で最も険しいと思われる場所を、さして強靭でもなさそうな人間という生物が列を成してゾロゾロ歩いている。

どう見ても食糧を得るためではなさそうだし、かといって資源獲得のためでもない。

もし万が一、登山者の一人が捕らえられ、理由を問われたとしたら、やはりあの台詞を吐くのだろうか。

Style

コミュニケーション

こういう表情ができるくらいの男にはなりたいと常々思っている。

人と接するときに「どういう表情でいるか」というのは、その人の人間性を表す大きな要素だし、そういうものは周囲に影響を与え、またそれは自分に返ってくる。

GastronomieLiving

ランチBOX

「うーん。じゃあテイクアウトメニューもやりましょうよ」

っていう提案や意思決定をすることは提供側のメンバー構成や体力によっては多分本当はとても大変なことで、だからこそ我々消費者は嬉しいし、愉しい。

温め直しできるように耐熱の容器にしてみたり、メニュー変更のために仕入れルート変えてみたり、色々やってるんだろうなとか思ったりして。

Lectio

Naokos Lächeln / Haruki Murakami

” Bemitleide dich nie selbst. Selbstmitleid ist etwas für Versager. “

『ノルウェイの森』は好き過ぎて、外国で出版されたバージョンも時々読み返す。

ドイツ版はビリヤードのシーンが表紙になっているあたり「さすが、よくわかってるな」とか思いながら、独りでニヤニヤしている。

LectioSpiel

遊ぶ

そう、「遊ぶ」っていうのは何もスポーツとかゲームとか、そういうものだけじゃないんだよなとあらためて思う。

Lectio

だから勤労とは別の、生活の場所でも、自分がここにいる理由、いていい理由、いなければならない理由を見失うということはなかった。

- 「勤労」以前の「家業」のような、土地に根を下ろした生業 (なりわい) には、専門の技術者たちによる分業のシステムが差し込まれていないので、

単一の仕事に従事することはまだふつうのことではなかった。いいかえると、だれもが複数の技を身につけていた。

仕事の合間に、近所の人に家や備品の修繕を頼むとか、魚を捌いてもらうとか、

さまざまの技術を提供しあうということが、暮らしのふつうの風景としてあった-

伊藤洋志 『ナリワイをつくる』

鷲田清一 / 解説 「なりわひ」と「なかなひ」

Lectio

大衆 (ミュルティテュード) と孤独 (ソリテュード)

-孤独にして思索する散策者は、この普遍的なる融合から、比類なき陶酔を味わうのである。

群衆と容易に婚姻する者は、匣 (はこ) のように閉ざされたエゴイストや、軟体動物のように監禁された怠け者からは、永遠に奪われてあるだろうところの、さまざまな熾烈な享楽を経験する。

彼は四囲が彼の眼前に置くところの、あらゆる職業、あらゆる歓喜、あらゆる悲惨を、彼のものとして取り容れる-

ボードレール 『群衆』

Lectio

これが神から与えられた杯ならば ともかく自分はそれをのみほさなければならない

-最後の手紙は立派に自分の額に傷を与えてくれた。

これは僕にとってよかった。僕はもう処女ではない。

獅子だ。傷ついた、孤独な獅子だ-

武者小路実篤 『友情』

近世から現代にかけて我々が少しずつ (でも確実に) 擦り減らしてきてしまったのは、道徳的潔癖さや、ある種の「気高さ」かなと時々思ったりもする。

Idea

プライオリティ

束の間、ここ何年かの自分を振り返っていた。

物事に優先順位をつける、ということは実生活においてこれほども有用なことなのか。

フムフム。

社会で生きていくうえで、夫や父としての役割を果たすうえで、いま必要とされているのはコレかもしれないな。

なんて思いながら過ごしてきた。

でも、新型ウィルスが世界を変え、それぞれの地域や家庭のあり方を変え、日々の生活や価値観をすっかり変えてしまった今になってはじめて

どうも何か大事なモノをぽろぽろと落としてきてしまったような気もしている。

落としてきたものが何なのかも、じゃあ一体どうしたら良かったのかということもまだわからないけれど。

LivingSafari

保養

‪散歩というのは新鮮な空気を吸うためだけではなくて、

目を愉しませる、という意味でも大切な時間だなとあらためて思った。

とくにこんな気持ちのいい春の土曜日には。‬