IdeaStyle

目の保養

グリーンが家のなかにあると心が安らぐ。

水やりはこれくらいでいいかなとか、日当たりはこれで足りてるかなとか、考えればキリがないわけだけど、

なんだかスルスルスルと時間がすりぬけていってしまいがちなこの時代に自分以外の誰か何かを気遣う時間があるというだけで

ほんの少し豊かな時間を生きているような感じがする。

それにしても世の中には数えきれない程の生物がいて、お店で購入可能な観葉植物だけでもこれだけこれだけ様々な色形のものがいて、

自分が知っている世界というのは世の中のほんの一部分なんだろうなとあらためて思う。

Lectio

むかしむかし

- アメリカの奥深くわけ入ったところに、ある町があった。生命あるものはみな、自然と一つだった。

町のまわりには、豊かな田畑が碁盤の目のようにひろがり、穀物畑の続くその先は丘がもりあがり、斜面には果樹がしげっていた。

春がくると、緑の野原のかなたに、白い花のかすみがたなびき、秋になれば、カシやカエデやカバが燃えるような紅葉のあなを織りなし、松の緑に映えて目に痛い。

丘の森からキツネの吠え声がきこえ、シカが野原のもやのなかを見えつかくれつ音もなく駆けぬけた。 -

レイチェル・カーソン / 沈黙の春 – 明日のための寓話

単に年齢的なものなのか、コロナ禍を経験した人類の一員としての危機意識がそうさせるのかはわからないけれど

我々がこれから失おうとしているものがどういうものなのか、ということについて時々考えるようになった。

とうの昔に失って、もはや取り戻すことができないものについても。

IdeaSafari

雨に濡れても

濡れた木肌と、樹上から滴るしずくが好きで、時折り傘も差さないで散歩する。

ひっそりとした樹々に囲まれて深呼吸すると、なんとなく擦り減ってきてしまった自分の心を蘇生できるような感じがしている。

SafariStyle

色探し

自然のなかを歩くと、結局のところ自分がどういう色に惹かれるのかというのがなんとなくわかる。

自分のなかの「色の呼び方」の語彙をもう少し増やしてもいいかも、なんて思った。

Living

朝の陽

夏のギラギラとした太陽もキライじゃないけど、しんと冷えた冬の朝にカーテン越しに感じる穏やかな光のありがたさには負ける。

朝のいっとき、やわらかな陽の光を浴びるだけで、今日一日を楽しく過ごせそうな気持ちになる。

IdeaLectio

樹々の想い、樹々への想い

-(われわれ人間を) 馬鹿に忙しい生物ができてしまったなと、そういう感じで見てるのではないですかね-

NHKのETV特集で脚本家 倉本聰さんの『巨樹の声が聴きたい』を観た。

長崎で被曝したクスノキもまだ命を繋いでいる。

巨樹の下では子どもたちが楽しそうに遊んでいる。

一度は科学の炎に灼かれた樹は、戦争の前も、戦争の後も、変わらず同じ場所で僕たちを見ている。