Lectio

きっと、この夜のことをいつまでも思い出すだろう

- 「この夜」といっても、その日の昼間がごく平凡であったように、なにもとくべつのことがあったわけではない。

それでも、ミモザの匂いを背に洋間の窓から首をつき出して「夜」を見ていた自分が、

これらの言葉に行きあたった瞬間、たえず泡だつように騒々しい日常の自分からすこし離れたところにいるという意識につながって、

そのことが私をこのうえなく幸福にした-

須賀敦子 / 『サフランの歌』のころ

「この瞬間のことをこれから先、何度も思い出すんだろうな」という予感めいたものは子どもの頃からあって、

幼なじみの家でふたりでゲームボーイのテトリスをやりながら遠くに聴いた雷の音とか、

キンモクセイの香りが漂う季節のある日の通学路のことは今でも鮮明に思い出せる。

昨日と今日の境界線が曖昧な日常においても心に残るなにかはあって、未来の自分がそれを必要とするのかもしれない。

Lectio

長い手紙

-夫が死んだとき、北海道の修道院にいたしげちゃんから、だれからももらったことのないほど長い手紙がイタリアにいた私のところにとどいた。

卒業以来、彼女からもらった、はじめての手紙だった。

むかしのままのまるっこい書体で、私の試練を気づかうことばが綿々とつづられていた。

こころのこもったそのことばよりも、なによりも、私は彼女の書体がなつかしかった。

修道女になっても、まだおんなじ字を書いてる、と私は思った-

須賀 敦子 『遠い朝の本たち』

手紙もいいな、と思った。

小さい頃に、まだ元気だった祖母に宛てて書いた短い手紙のことを思い出した。下手っぴな字で、いつまでも元気でいてねと書いたその時の気持ちは今でも覚えている。

LectioStyle

遠い朝の本たち

背表紙のタイトルに惹かれて文庫を手に取ってみると、カバーデザインも僕好みだった。

舟越桂のおもちゃのいいわけ?

中身はまだ読めていない。でもいい予感はある。