-ハンドルを握ってシューベルトの『冬の旅』を聞きながら青山通りで信号を待っているときに、ふと思ったものだった。
これはなんだか僕の人生じゃないみたいだな、と。
まるで誰かが用意してくれた場所で、誰かに用意してもらった生き方をしているみたいだ。
いったいこの僕という人間のどこまでが本当の自分で、どこから先が自分じゃないんだろう。
ハンドルを握っている僕の手の、いったいどこまでが本当の僕の手なんだろう-
村上春樹 『国境の南、太陽の西』
車って、たしかにそういうところあるよなと思う。
馬上・枕上・厠上なんて言葉もあるけど、意識の底に潜りたくてわざわざドライブに出掛けることがある。
なんだか脳内がチリチリして眠れない夜でも、乗り慣れた車を小一時間運転してみると、肩の力がスッと抜ける。
ハンドルと視線の先に集中はしているんだけど、何だか自分はそこにはいないような、不思議な感覚に包まれる。
その後の車内の充実感はBGMの選曲に大きく左右される。どんなライブハウスよりも、車内の音響で聴く(歌う)曲が、一番好きだ。